飯島企画業務日誌

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ

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おはようございます☀️

 

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ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ
「みかこさん」は福岡市 生まれで貧困家庭(自称)の出身でパンク好きが高じて、アルバイトでお金を貯めると度々 ロンドンやダブリンに渡英し最終的にブライトンに住み日経企業に数年勤務し、その後フリーとなり翻訳や著述を行う中、アイルランド人の夫はロンドンの銀行に勤務していたがリストラされ、自身が子どもの時にやりたかった大型ダンプのドライバーとなっていた。この二人の間に一人息子(Mix)が生まれるとみかこさんは「子ども嫌い」が”逆転”し子育ての喜びに目覚めて、英国で保育資格を取得し勤めていた無料託児所で英国の緊縮財政で潰れるのを経験し、反緊縮を強く考えるようになります。
この本の中では名前で呼ばれず「息子は息子」そして「夫は配偶者」と呼んでいる。
この息子さんは2014年のイタリア映画「ラスト・サマー」で菊地凛子さんの子ども役でも出演しました。「ケン・ブレイディ」くんです。
現在進行形の英国の社会的な問題をこの家族を取り巻く社会の中から浮き彫りにし、その選択を描き出す。(エッセイ)
冒頭の、オスカー・ワイルド(アイルランドの詩人)の言葉
「老人はすべてを信じる。」
「中年はすべてを疑う。」
「若者はすべてを知っている。」
そこに、みかこさんが付け加える「子どもはすべてにぶち当たる。」は本著の全てを表しています。
イギリスでは5才~11才が小学生で5才から1年生となり中学生は7年生からで高校生も引き継いでステージが上がって行きます。
息子の親はカトリックの洗礼を受けていて夫の家系も敬虔なカトリックだった為、夫婦はそれに従いなんとなく、しかも運良く、息子をカトリック校(市のランキング1位)に進学出来た。
本来ならば、中学校もカトリック校に進むのだが、息子は地元の「元底辺中学校」を選んだ。
そこは「ホワイト・トラッシュ」(白い屑)と言う差別された「白人労働者階級」の子ども達の多くが通う、元荒れた学校だったが近年、学校 教師の様々な取組で現在はミドルクラスの学校となっていました。
そこで色々な問題と息子が「ぶち当たって」行きます。階級社会の英国でも格差が広がり、移民の中でも差別がある事。人種差別だけでなく、格差やDV、いじめやジェンダーなど、思春期の子どもの日常からの親子の会話が秀逸で楽しい。著者の軽妙な語り口と地に足ついた行動も魅力的。
「タンタンタンゴはパパふたり」と言う絵本はイギリスの保育業界ではバイブルとされLGBTの存在を早期教育している。
差別が厳しい現実の中で11歳の少年が自分のアイデンティティを考えながら成長していく様子には頷かされます。
分断とは、幾つも在るアイデンティティーの一つを他者の身にまとわせ、自分の方が上にいるのだと思えるアイデンティティーを選んで自身にまとう時に起きるものなのかも知れない。
日本とは違う文化や考え方の違いがあってそれが面白かったり少しショックを受けるようなこともあったり。中学生にしてこんなに思慮深く聡明で公正な視点が持てるのかと驚きます。
「it takes a village.」子育てには一つの村が必要で子どもは村全体で育てるものだと言う昔の日本のようです。
「誰かの靴を履いてみる」は自分とは違う立場や意見を持つ人々の気持ちを想像することは「エンパシー」で、また混同されがちな言葉「シンパシー」は、誰かをかわいそうだと思う感情。現在イギリスではエンパシーの時代と教えているようです。
「ソーシャル・アパルトヘイト」(格差が子どもたちの発達に差を生んでおり、加えて、裕福な子と貧しい子が分離され触れ合うことがなく暮らす状態)大きな幼児の問題としている。DVの父親を持つ子どもは「ここまではいいけど、これ以上はダメ」と言う限界を理解していない。
庶民とエスタブリッシュメント(社会的に確立した体制・制度)が子ども達、学校間でも庶民と支配階級が存在する。
そして緊縮財政は「教育者」をソーシャルワーカーにしてしまった。
EUだとかブレクジットだとかと言う大きく華々しい報道の遥か下で子ども達は懸命に生活している。
最後に「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとグリーン。……今のところは。きっとこの色は、これからも変わり続けるに違いない。」と締めています。
本著は月刊誌の「波」の中でみかこさんがエッセイとして書き綴られたものをまとめた本のようなのでまた数年後、更に成長した「息子」ケンくんの様子を伝えてくれるでしょう。
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