飯島企画業務日誌

『この詞何の曲?』

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『この詞何の曲?』
1986年のオリジナル・アルバムの表題曲、そして彼女の歌の中でも最も優れたラブ・バラード。日本では洋楽アルバムチャートで6週連続1位、シングルカットされたこの楽曲は全米チャート第1位を獲得し、驚異的な売り上げを記録しました。

悲しい目をしたあなた
がっかりしないで
わかってるのよ
勇気を持つのは難しいわこんなに人で溢れた世界で
何も見ないでいることも出来る
そしてあなたの中の暗闇があなた自信に肩身の狭い思いをさせる
<※1>
でも私にはあなたの本当の姿が見える
輝いて透けているわ私にはあなたの本当の姿が見える
そしてだからこそ あなたを愛してる
だから恐れないで 皆に見せることを
あなたの本当の姿を

だから恐れないで 皆に見せることを
本当の姿は美しい
まるでプリズムのよう

私に笑顔を見せて
悲しませないで
思い出せないわ あなたが最後に笑っていたのを見た時のことを

もしこの世界があなたを狂わせるのなら
そしてあなたが耐えきれなくなったら
私を呼んで
だって分かってるんでしょ 私はここにいるわ
<※1>繰返し

そして私にはあなたの本当の姿が見える
輝いて透けているわ
私にはあなたの本当の姿が見える
そしてだからこそ あなたを愛してる
だから恐れないで 皆に見せることを
あなたの本当の姿を
本当の姿は美しい
まるでプリズムのよう

こちらの楽曲です→https://youtu.be/3BbdUTnnNII

『日記から虚心坦懐』日ハム栗山英樹監督 後編

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おはようございます😌

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『日記から虚心坦懐』日ハム栗山英樹監督 後編
就任3年目の14年シーズンを迎えるにあたって、私は自己改革の必要性を痛感していました。13年のシーズン終了後からすぐに手を付けられるものとして、自宅の本棚に眼を向けてみました。
学生時代から、本には親しんできました。ファイターズの監督になってからは、リーダー論や組織論などのビジネス書にヒントを求めることが多かった気がします。経営者や企業家の言葉を引用したそれらの本を読んでいくうちに、成功を収めたと言われる人たちの共通点に気づきました。
古典に当たっているのです。『四書五経』、『論語』、『易経』、『韓非子』といったものの教えが、時代を越えて模範的で普遍的な価値を持つことに気づきました。
テレビも、携帯電話も、インターネットもない何千年も前に書かれたものが、現代に生きる私たちの指針となる。これを驚きと言わずして、何と表現したらいいでしょう!
『論語』に「君子は諸れを己に求め、小人は諸れを人に求む」というものがあります。
人の役に立つような行ないをする人は、成すべきことの責任は自分にあると考える。一方、自分本位の考えを持つ人は、責任を他人に押し付ける、といった解釈が当てはまるでしょうか。
敗戦を選手に押し付けない。ミスを選手の責任にしない。監督就任から行動規範としてきたことですが、この『論語』の言葉を読み返したときに、自分への疑問が湧き起こりました。
お前は本当に選手を信じているのか? 選手に勝利の喜びを味わってもらいたいのか? 13年シーズンの自分は、知らず知らずのうちに責任を誰かに押し付けていたのではないだろうか。
気になった言葉は、ノートに漏れなく書き出していきました。書き出して、読み返して、また書き出して、また読み返す。
ファイターズの本拠地・札幌ドームの監督室で、遠征先のホテルで、時間を忘れてノートと向き合っているうちに、私が味わっている苦しみは本当に小さなものでしかなく、そもそも苦しみと言うのも憚られるようなものなのだ、という気持ちになっていきました。先人の言葉が水や肥料となって、乾きがちだった心が潤っていったのです。

日本の資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一さんは、「すべて形式に流れると、精神が乏しくなる。何でも日々新たにという心掛けが大事である」と説きます。過去の成功例はもちろん参考にするべきなのでしょうが、「去年までがこうだったから、今年も同じやりかたにしよう」と無条件に決めるのではなく、違った角度からアプローチすることも大事だよ、ということでしょう。
渋沢さんの著書『論語と算盤』は、擦り切れるぐらいに読み込んできました。そして、ページを開くたびに「そうか!」と膝を打ちます。その時々の精神状態によって、受け止め方が変わってくるのでしょう。そしてまた、私は渋沢さんの言葉をノートに書き写します。気になった言葉は何度でも書く。血液に溶け込むぐらいに、細胞に組み込まれるぐらいに、書いて、書いていきます。
シーズン中のプロ野球は、基本的に週に6日試合があり、試合がない日は移動日に充てられます。ファイターズを率いる私は、試合中に頭をフル回転させます。刻々と戦況が変わっていくなかで、次の一手を絶えず考えていく。
想定どおりに進む試合は、実はほとんどありません。采配がズバズバと当たった、という試合も例外的です。試合内容と試合展開に心から満足できる勝利は、1シーズンに数試合あるかどうか……というぐらいです。
つねに想定外を予想し、瞬間的に判断を下していく攻防が終わると、全身に張り付くような疲労が襲ってきます。負けた試合のあとになれば、選手たちの頑張りを勝利に結びつけられなかった悔しさと歯がゆさと、自分への腹立たしさが身体中に突き刺さります。
すぐにはノートを取り出す気持ちになれません。しかし、試合が終わったばかりの生々しい感情は、偽りのない心の叫びです。まとまりに欠ける文章でも、言いたいことはストレートに浮かび上がってくる。だから、できるだけ早く書いたほうがいいと、経験として分かってきました。自分の気持ちをすべて書き出せなかったら、少し時間をおいて書き足せばいいのです。
机に座って、ノートを開く。身体にこもった熱を息に溶かしながら、ゆっくりと吐き出していく。感情的だった思考が理性的になり、少しずつペンが動いていきます。
誰かに読ませるためではないので、乱暴に書き殴っている日もあります。1行目には日付とその日の試合結果を書いているのですが、負けた試合後は文字が乱れがちになっている。そもそも字がきれいではないけれど、読み返すのが難しいこともあります。
それにしても私は、なぜノートを書くのか。
『論語』に「性は相近し、習えば相遠し」との教えがあります。人の性質は生まれたときにはあまり差はないけれど、その後の習慣や教育によって次第に差が大きくなる、という意味です。学びには終わりはなく、学び続けなければ成長はありません。成長とは自分が気持ちよく過ごすため、物欲や支配欲を満たすためなどでなく、自分の周りの人たちの笑顔を少しでも増やせるようにすることだと思うのです。
その日の試合や人との触れ合いから何を感じ、どんな行動を取ったのか。それは、私たちの道しるべとなる先人たちの言葉に沿うものなのか。1日だけでなく2日、3日、10日と反省を積み重ねることで、自分を成長させていきたい。
私は弱い人間です。子どものころは次男坊のわがまま少年で、野球を始めたのは「我慢を覚えさせるためだった」と父に言われました。
大人になったいまも、「今日はこれができなかったから、明日はこうしよう」と心に留めておくだけでは実行に移せません。忙しいとか時間がないといったことを言い訳にして、つい自分を甘やかしてしまう。そうならないために、ノートに書いて一日を振り返り、読み返してまた反省をするようにしています。
ノートに自分の思いを書く行為は、周りの人たちとどのように接したのかを客観視することになります。
私たち人間は、ひとりでは生きていけません。普段の生活でも仕事でも、家族や友人、先輩や同僚、名前は知らないけれど隣に住んでいる人、などと交わりながら生きていく。一日を振り返ることは他者との関わりかたに思いを馳せる時間であり、他人の良さを認めること、自分の至らなさに気づくことにつながります。人の話をわだかまりなく聞く「虚心坦懐」の心構えを、再確認することにもなっています。
*きょしん-たんかい(心になんのわだかまりもなく、気持ちがさっぱりしていること。平静に事に望むこと。また、そうしたさま)
中国古代の歴史書『書経』に「時なるかな、失うべからず」という言葉があります。チャンスを逃すなということですが、ノートに書くことは自分の行動を見つめ直し、課題を抽出することに結びついていきます。つまりは、来たるべき「時」に備えて準備を進めていると理解できます。
記事画像https://president.jp/articles/-/32144?page= 4 5 6

『日記から虚心坦懐』日ハム栗山英樹監督 前編

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『日記から虚心坦懐』日ハム栗山英樹監督 前編
もう何年になるのだろうか。ある習慣があります。野球ノートをつけているのです。
私は小学校1年から野球を始めました。3歳年上の兄が所属していて、父が監督を務めるチームの一員となりました。
小学校当時はその日の練習メニューを書き出したり、気になったプレーを図解したりしていました。うまくできたプレー、ミスをしてしまったプレーを整理する意味合いを持たせていたのだろうと思います。
中学から高校、高校から大学と野球を続けていくなかで、ノートと向き合う気持ちは変わっていきます。自分のプレーを見つめる視点に、チームが勝つためにはどうすればいいのか、という考えが織り込まれていきました。
テスト生でヤクルトスワローズに入団してからも、チーム第一の気持ちは芯を持っていきます。自分はドラフトで指名され、即戦力として期待されている選手ではない。プロ野球という世界に存在するヒエラルキーで、もっとも低い立場でした。だからこそ、チームの勝利に貢献できる自分になることを、強く意識する必要がありました。
練習後や試合後にノートを開くことは習慣化されていましたが、ときには書かない日もありました。書けなかった、と言ったほうがいいかもしれません。
監督の狙いどおりにプレーできなかった。チャンスで凡退してしまった。失点につながるミスをしてしまった。押し寄せる悔しさを処理できず、自分のプレーを整理できず、ペンを持てない日がありました。
2012年に北海道日本ハムファイターズの監督に就任してからは、シーズン前のキャンプから必ずノートを開くようにしています。その日のスケジュールがすべて終わった夜に、自室でペンをとります。日記をつけるような感覚です。
練習でも試合でも、実に様々なことが起こります。私自身が気づくこと、選手やスタッフに気づかされることは本当に多い。つまりは書くべきことは多い。
ところが、ノートを開いてもすぐには手が動かず、白いページをずっと見つめたり、部屋の天井を見上げたりすることがあります。
監督としての自分に、言いようのない物足りなさを感じているのです。チームを勝たせることができていない。勝たせることができたとしても、選手たちに必要以上に苦労をさせてしまっている。
反省点は数多くありますから、とにかく書き出していきます。書き出すことで頭が整理されるものの、理想と現実の狭間で揺れる気持ちはなおも落ち着かず、気が付けば窓の外が明るんでくることもあります。
私は2012年に北海道日本ハムファイターズの監督としてスタートを切りました。
当時チーム統轄本部長だった吉村浩ゼネラルマネージャー(GM)からオファーを受けたときには、言葉を喉に詰まらせてしまいました。
29歳でプロ野球選手を引退した私は、それまで野球ひと筋と言っていい人生を過ごしてきました。引退後にどんな仕事を選ぶとしても、社会人としての知識量は明らかに乏しい。人間として一人前になるためには学びの時間が欠かせないと考え、スポーツキャスターとしてメディアの世界に飛び込んでいきました。
伝える側から野球を見つめると、様々な気づきがありました。
監督について言えば、名将や智将と呼ばれる方々は経験から多くを学んでいるという共通点がありました。選手としての実績、監督としての成績が選手たちの心を惹きつけ、カリスマ性と言うべき存在感につながっていることも肌で感じることができました。
それに対して私は、誰の眼にも分かりやすい成果を残していません。
ヤクルトスワローズに在籍した1984年から90年までの7年間で、チームはリーグ優勝を果たせませんでした。本塁打王、最多勝、新人王などの個人タイトルを獲得する選手がいるなかで、私自身はゴールデングラブ賞を1度獲得しただけで終わっています。プロ野球選手としての日々を履歴書にまとめるなら、自己アピール欄に書き込めるものはほとんど見つけることができません。
そんな私が、監督に? すぐに返答できるはずがありませんでした。言葉は出ないまでも、頭のなかでは断りのフレーズが列をなしていきます。
沈黙を破れない私に、吉村GMが言いました。

「栗山さん、命がけで野球を愛してやってくれれば、それでいいのです」

天祐というものに恵まれることがあるならば、まさにいまこの瞬間ではないだろうか。それまで暗闇に立ち尽くしていた私は、頭のなかに明かりが灯ったような気がしました。
野球人としての私の経歴が足りないものばかりなのは、吉村GMも、彼以外の球団職員も、間違いなく分かっている。それでもファイターズがチャンスをくれたのは、私が野球に注いできた情熱を、もしかしたら評価してくれたのだろうか。
野球を愛する気持ちは、私の身体を太く貫いている。野球への愛こそがファイターズの監督に求められる最優先事項なら、ひるまずに飛び込んでいっていいのではないだろうか、と考えたのです。
成績だけを見れば、就任1年目は成功と言えるかもしれません。パシフィック・リーグを1位でフィニッシュし、リーグ上位のチームによるクライマックスシリーズも制して、読売ジャイアンツとの日本シリーズに臨んだのです。残念ながら日本一になることはできませんでしたが、新人監督が最低限の責任を果たしたことで、周囲は安堵したかもしれません。
しかし、私自身は自己嫌悪に苛まれていました。
勝った試合は選手たちの頑張りがあったからで、負けた試合は私の力不足だったからです。誰の眼にも明らかな采配ミスこそなかったものの、専門家なら「経験不足だ」と一蹴されてしまう場面は何度もあったのです。
果たして、翌13年シーズンは最下位に沈んでしまいます。
前シーズンまでの主力選手が移籍した、中心選手がケガをしてしまった、などの理由はありました。しかし、1位だったチームが6位になってしまうのは、もっと根本的な問題があったはずです。それはつまり、私の力量不足に他なりません。
過信も慢心もなかった。試合にはつねに全力で臨んだ。自分では全力を注いでいたつもりでしたが、野球は相対的なスポーツです。ファイターズが最下位に終わったということは、パ・リーグの6チームの監督のなかで6番目の努力しかできていなかった、と考えるべきです。私が考えた勝利へのシナリオは、穴だらけだったのでしょう。
記事画像https://president.jp/articles/-/32144?page=1 2 3
後日、後編に続きます。

『サイバー攻撃やサイバースパイ工作』

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『サイバー攻撃やサイバースパイ工作』はほんの一端に過ぎない。
ただ機密情報が某国側に盗まれるだけでなく、もっと怖いのは、日本のインフラ情報が盗まれることだ。下手すれば、サイバー攻撃によって電力や通信、鉄道などのインフラが遮断されてしまうことも考えられる。事実、世界ではこれまでも各地で、核燃料施設が破壊されたり(イラン)、通信が完全に監視・妨害されたり(イラク戦争、シリア内戦など)、都市部で大規模停電が起きたりと(ウクライナなど)、サイバー攻撃によって大きなインフラ被害が出たケースは多い。
まず某国のサイバー攻撃集団とは何者なのか。
彼らは、実はかねて知られていた組織で、セキュリティ会社などが2016年に最初の活動を報告しているが、実際はそれ以前からサイバー攻撃を実施していたと言われている。特に日本を狙っており、それ以外には、韓国やオーストラリア、シンガポールやインドなどをターゲットにしている政府系ハッカー集団だ。
この組織は2016年頃からこんな手口で攻撃を行っている。まずスピアフィッシングメールなどを送りつけて、狙った相手がマルウェア(不正プログラム)に感染すると、様々なハッキングツールを投入して、システム内部を調べ、重要な情報にアクセスできる権限を狙う。そのマルウェアは情報を集めて、攻撃者の元に不正に送る。
またマルウェアを感染させてから、バックドア(裏口)を作り、遠隔で不正アクセスを行うパターンもある。過去には、テクノロジー系だけでなく海洋分野やメディアの放送局を狙っていたことも確認されている。日本企業の社内の電子メールや、パワーポイントのファイルなどを盗むことにも成功しているという。
この攻撃は、某国政府のサイバー部隊やスパイ機関が関与していると考えていい。今回、機密情報やインフラ情報が目的とされていることからも、背後には国が関与していると考えるのが自然だ。基本的に金銭目的で犯罪を犯すハッカーがそれを盗んだところで、「儲け」にしづらいからだ。
三菱電機もそのほかの日本の大手企業も、サイバーセキュリティの重要性が叫ばれる近年、サイバー攻撃対策には力を入れている。それでも不正アクセスを許した理由は、某国の攻撃者がその辺にいるハッカーなどとは違って、かなり高いレベルの攻撃を行っているからだ。
例えば、世間でまだ知られていないセキュリティの穴、つまり脆弱性(ゼロデイ脆弱性)を使っているとも考えられる。このゼロデイ脆弱性はセキュリティを破るのに非常に有効であり、「サイバー攻撃兵器」とも呼ばれている。某国政府系ハッカーらも多数所有していると言われる。
今回のケースでは、三菱電機の関連会社が攻撃のスタート地点になっていたらしい。となると、これは「サプライチェーン攻撃」と呼ばれるサイバー攻撃の手段だとみられる。メインターゲットである大手企業をいきなり直接攻撃するのは容易ではないため、その取引先でセキュリティ意識が比較的低い中小企業や国外の取引先を狙うことをいう。巧妙なツールを使い、関連企業に入り込んでから、本丸のターゲットに入っていく。
日本では企業が被害を報告したがらないために、被害総数はなかなかデータとして明確に出てこないが、米調査会社ポネモン・インスティテュートの調査によれば、米国では56%の企業や組織が、外部の供給業者が原因の情報流出を経験している。

某国のサイバー攻撃は、持続的標的型攻撃(APT)と呼ばれるやり方が主流だ。狙ったターゲットにフィッシングメールなどでサイバー攻撃してシステムに侵入し、持続的に潜伏して情報を盗み出すのである。
欧米の情報機関関係者らは、筆者の取材にこう口を揃える。
某国のハッカーは24時間体制で、交代制で働いており、何の任務をしなければいけないのか事細かに決められている。彼らの攻撃パターンを分析すると、非常に組織化されていることが特徴的で、まるで一般企業に勤めているかのように動いている。
潤沢な予算が割かれているため、決められた「勤務時間」で働いていると分析されており、9時出社・5時退社といった形態で、ちゃんと休暇も取っているのだという。

2003年にはサイバー攻撃で米軍から、2010年には大手IT企業や軍事企業から大量の機密情報を盗み出している。当時、某国のハッカーらがグーグル検索のソースコードも盗んだと、元米軍幹部が筆者に語っている。2015年には連邦人事管理局(OPM)からCIA(米連邦調査局)などの職員情報を含む連邦職員2210万人分の個人情報も奪っている。
実力は米国、ロシアに匹敵
某国のサイバー部隊の数は10万人とも言われたが、その数はどんどん増え、2015年頃から本格的な組織の再編に着手。サイバースパイ工作からプロパガンダ、破壊工作まで、サイバー戦略を包括的に取りまとめている。
その中でもサイバー攻撃に特化している部隊は、軍のサイバー兵士が7万人ほどで、民間から協力しているハッカーらは15万人ほど、合わせて22万人以上の規模になるという。
そのような強大かつ統制のとれた敵が日本を襲っている現実を、私たちはしっかりと認識すべきである。
今回、対日サイバー攻撃の実態があまり明るみに出ない中、三菱電機がサイバー攻撃にさらされた事実を認めたことは評価できるし、被害に遭った経験のあるそのほかの企業も、ぜひ続いてほしい。東京五輪を前に、問題を直視し、教訓をしっかりと生かすべきだろう。

記事https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69918?page=1 2 3 4 5

流行の兆し『ノンアルコール飲料』がこれからのトレンド

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流行の兆し『ノンアルコール飲料』がこれからのトレンド
アメリカではミレニアル世代(1980年代から00年代初頭に生まれた人)を中心にジェネレーションZ世代(90年代後半から2010年の間に生まれた世代)など若者の間でお酒を飲まない人が増えており、「Sober Curious ソバー・キュリアス」という言葉が今トレンドになっています。Soberとはシラフ、酔っていないという意味で、直訳すると”シラフの好奇心”ということになります。つまり体質的にアルコールが飲めないのではなく、お酒は飲めるけどあえて飲まない、時々少量だけ飲むシラフを楽しむ人たちのことを意味する言葉です。ソバー・キュリアスの人たちは別にお酒が嫌いだったり、お酒を飲むことや飲む人を否定しているわけではなく、SNS世代の彼らにとっては酔っ払って羽目を外した姿をSNSにシェアされることへの恐怖心がアルコール離れの要因の一つになっていると言われています。また、昨今のヘルシー志向ブームも後押しとなり、アルコール飲料の売り上げは年々減少傾向にあり、大手ビールメーカーも危機感を募らせていると伝えられています。
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スーパーマーケットにもビールなどと並んでノンアルコールのコーナーが、ハイボールと名付けられたエナジードリンクもノンアルコールです。
そんな中で、今ブレイクの兆しを見せているのがノンアルコール飲料です。ナチュラフルード系スーパーマーケットの大手ホール・フーズマーケットが毎年発表する食のトレンド予想でも、今年は限りなくアルコール飲料に近いノンアルコール飲料がはやるとの予想を発表していますが、巷ではノンアルコールビールだけでなく、アルコールを含まないスピリッツやカクテルなどさまざまなノンアルコール飲料がお目見えしています。見かけはカクテルでも実際にはアルコールが使われていないMock(偽りや見せかけと言う意味)とCocktail(カクテル)を組み合わせた造語「Mocktail(モクテル)」という言葉も生まれており、アルコールのないシラフのバー「Sober Bar ソバー・バー」も誕生しています。ブームを牽引しているのはソバー・キュリアスの人たちですが、背景にあるのはお酒は飲まないけどおしゃれなレストランやバーには出かけたい、そこではジュースやソーダを飲む代わりにノンアルコールのビールやカクテルで飲んでいる気分を味わいたいという欲求があります。そのため、バーテンダーが本物のカクテルを作るのと同じ手順で作るモクテルを提供するレストランやバーも増えていますし、昨年欧州で発売されて今年1月にアメリカに上陸したハイネケンのノンアルコールビール「0.0(ゼロ・ゼロ)などのさまざまなノンアルコールビールだけでなく本物のお酒にそっくりなノンアルコールのスピリッツやビールの味を楽しめるホップ入りお茶などユニークな商品も続々誕生しています。
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また、イギリスで作られた世界初のノンアルコールスピリッツ「Seedlip」は、ジンに似た味わいが楽しめると評判。カルダモンなどのスパイスやレモン、グレープフルーツなどの柑橘類を使ったものや、スペアミントやローズマリーといったハーブを使ったものなどがあり、すべて植物性由来のためヘルシー志向の人たちにもウケているようです。いずれも共通しているのは、お酒を飲んでいる気分にさせてくれること。シリコンバレーのベンチャーもノンアルコールビジネスに乗り出しており、飲料メーカーや投資家もノンアルコールビジネスに投資も始めていますが、お酒の代わりに飲んで楽しめるノンアルコール飲料がこれからのトレンドとなりそうです。記事画像https://www.nikkansports.com/m/leisure/column/la/news/202001190000130_m.html?mode=all(米ロサンゼルスから千歳香奈子。ニッカンスポーツ・コム「ラララ西海岸」)

4t新車

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こんにちは😌

東京支店のエースHさんに4tの新車が届きました😊♪

 

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『日本人が品格を失い続ける根本理由』後編

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『日本人が品格を失い続ける根本理由』後編
拙著『国家の品格』に書いたように、西暦500年から1500年までに日本一国が産んだ文学は、その10世紀間に全ヨーロッパが産んだ文学を質および量で凌駕しています。このような文化的水準の高さが、今世紀になってからの自然科学分野でのノーベル賞で、アメリカに次ぐ大量の受賞者を産み出したのです。

私はいくつかの著作でも、歴史を学ぶことの大切さを繰り返し書いてきました。前述の食糧自給率の問題にしても、イギリスのチャーチル首相は、食料の補給船が敵に破壊されて食糧備蓄が1週間を切った40年秋が一番怖かったと戦後に語りました。歴史を学んでいれば、食料を自国で生産できないことの弱みは明らかです。農業とは経済だけの問題ではないとわかるのです。
よく若い人たちからは「何を読んでいいかわからない」という質問を受けます。そこで、お茶の水女子大学で教鞭を執っていたとき、20名ほどの学生を対象に読書ゼミを続けました。『代表的日本人』(内村鑑三)とか『福翁自伝』(福沢諭吉)などを読み、レポートを提出させ、それを私が添削する。そして、授業中はディスカッションを行うのです。
ゼミ生の反応は期待を上回るものでした。彼女たちは、数冊読んだだけでみるみる思考力が高まり深まり、変わっていきました。「自分たちは歴史上もっとも知識があり思慮深い若者」と思っていた学生たちの中から「自分たちは歴史上、知識も情緒も最低の若者」と考える人さえ続出しました。それには「洗脳教育をしているのではないか」と自問したほどです。もちろん、読書習慣も身につき、人間的に成長する素地を持ったことにもなります。ある学生は「書棚に並んだ青帯(哲学思想・言語)の岩波文庫は私の勲章です」と話してくれました。これこそが、まさに読書の効用といっていいでしょう。

日本のマンガは素晴らしい
古典や名作もさることながら、日本には大衆文学という国民の誰もが手にできるジャンルがあります。私もその恩恵に浴した1人ですが、少年時代には「立川文庫」と名づけられた講談本のシリーズがありました。猿飛佐助とか霧隠才蔵、真田幸村といった架空や実在の主人公の八面六臂の活躍に血をたぎらせ、肉を躍らせることで感情を育まれました。
マンガの素晴らしさも日本ならではでしょう。私が20代末にアメリカに留学したときのことです。母に頼んで「文藝春秋」とともに「少年マガジン」も送ってもらいました。その理由は「巨人の星」や「あしたのジョー」が読みたかったからです。星飛雄馬や矢吹丈の生きざまは、間違いなく若者の気持ちをゆさぶります。しかも、これらの作品のストーリーには庶民の哀感、人情の機微、武士道の神髄もがふんだんに含まれていたのだと後に気づきました。
加えて、世界の歴史を知ることは国際情勢を判断する視座を獲得することにもなります。例えば、第2次世界大戦のはじまる39年8月23日、犬猿の仲であったドイツのヒトラーとソ連のスターリンの間で独ソ不可侵条約が結ばれました。しかし、この条約には独ソ両国に挟まれるポーランドを分割統治するという恐るべき密約がありました。ゲルマン、ロシアという民族はそうしたことを平然とできるわけです。
ひるがえって、今日の日本はどうでしょうか。万が一、アメリカと中国が同じような発想をしたとしたら、日本も安穏としてはいられません。米中は合理的な思考をする点などはよく似ているので、今の対立は近親憎悪のようなものですが、共通点が多い両国が手を結んで、かつてのドイツとソ連のように日本を食い物にする可能性はいつでもあるのではないでしょうか。それが大国の国際戦略ですから、それぐらいのことは想定し、自主防衛に力を入れないといけません。歴史から現代を見るというのはそういうことなのです。
最後に物をいうのは人間性と教養。
いくつもの伝記を紐解くと立志伝中の人物には、それぞれ立身出世して高い地位につこうとする「青雲の志」がありました。私自身、学生時代は「男児志を立てて郷関を出ず。学もし成る無くんば死すとも還らず」の決意で勉学に励みました。それは、ある意味で人生の修行を続けることでもあります。そのプロセスで人間の器が大きくなります。
欧米では盛んに真のエリートをつくる教育が行われてきました。イギリスならイートン校のようなパブリック・スクールやオックスフォード大学、ケンブリッジ大学があり、フランスには大学より格上のグランゼコールがあります。
本物のエリート「真のエリート」には2つの条件があります。第1に、文学、哲学、歴史、芸術、科学といった教養を十二分に体得していること。第2として「いざ」となれば国家、国民のために喜んで命を捨てる気概があることです。残念ながら、この本物のエリートが現在の日本からいなくなってしまいました。
とはいえ、現代は民主主義の世の中です。戦前のように一部のエリートが国家運営を決めていくのではありません。国内外ともに政治が堕落し、国会議員にも官僚にも国を託せる人物はなかなか見当たらなくなりました。どこの国でも、国民一人ひとりが未熟で、きちんとした国会議員をリーダーに選ぶ大局観を失っているのです。民主主義の下では、教養なき国民は確実に国を滅ぼすことを、近刊『国家と教養』の中で詳述しましたが、活字文化の衰退も大きく影響しています。
最後に、私の知り合いに元外交官で評論家の岡崎久彦さんがいます。彼は何人もの外国要人と折衝した経験則から「外交交渉でも最後に物をいうのは、その人の持つ人間性と教養だ」と語っていました。どの分野で力をふるうにしても専門知識などのノウハウは不可欠です。しかし、それだけでは不十分で、物事は人間としての魅力で決まっていきます。さらに、深い教養がないと相手も全幅の信頼をおいてくれないし、認めてもくれないのです。つまり、いつの時代、どんな地域においても人間の中身を高めることが決定的に重要だということです。
記事画像引用https://president.jp/articles/amp/28984?page

『日本人が品格を失い続ける根本理由』前編

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『日本人が品格を失い続ける根本理由』前編
AI(人工知能)によって今ある職業の半分はAIに代替されるという。しかし、「その議論はナンセンス」だと断言するのは、数学者で『国家の品格』などの著者・藤原正彦氏だ。AI時代に人間力をどう磨くべきか。
日本は今も品格を失い続けています。その根本的な原因は世界中を席巻したアメリカ型資本主義、いわゆるグローバリズムの浸透と活字文化の衰退です。この2つが日本人の心を荒廃させてしまったことは間違いありません。これから日本の将来を担う若者の生き方を考えるとき、この弊害をいかに克服していくかが重要といっていいでしょう。
このうち、グローバリズムとは1980年代、米国のレーガン政権が自国の国益だけを考え、半ば力ずくで推し進めた強欲な経済政策でした。ミルトン・フリードマンを筆頭とするシカゴ学派の学説を鵜呑みにしたのです。それは一言でいえば、ヒト、モノ、カネが自由に国境を越える経済です。自由で公平な競争とはいっていますが、一切の規制を取り払って極限の利潤を追い求め、競争に勝った者がすべてを奪い取るシステムなのです。したがってこれは、1割の勝者と9割の敗者を生み出します。中間層を消す経済学です。
数学には「大数の法則」という定理があります。例えば、サイコロを10回振れば、回数が少ないため奇数と偶数の出る割合は7対3などとばらつきが出ることがありますが、1億回も振ればほぼ半々に収束します。しかし、現実世界では勝つ者は勝ち続け、負ける者は負け続けるので、サイコロのように公平な社会に収束せず、ゆくゆくは1%の勝者と99%の敗者となることは必然でしょう。
それなのに、日本の歴代政権はグローバリズムを信奉し、大企業や富裕層に有利な規制緩和や構造改革を強行。90年代半ばから今日にかけて、金融ビッグバンや郵政民営化、商法改正、そして商店街をシャッター街に変えた大規模小売店舗立地法の施行などアメリカから求められるままに受け入れてきました。経済に弱肉強食の論理を持ち込んだことで、日本人の持つ優しさや思いやりといった美風が失われ、物事を金銭で評価する風潮が世の中に蔓延するようになりました。
しかし、ここにきてグローバリズムの不合理に世界が気づきはじめたようです。16年の米大統領選で自由貿易ではなく保護主義を訴えるトランプが勝利したこともそれを物語っています。また、イギリスが国民投票でEU離脱を選択したことも、EUというグローバリズムへのイギリス国民の反発が強かったことにほかなりません。ただ日本だけが世界の潮流に逆行して、いまだにグローバリズム、挙げ句の果てにこれから多くの移民を受け入れようとしているのです。経済や政治は失敗してもやり直しが利きますが、移民だけは不可逆過程でやり直しが利きません。

一方の活字離れは、97年頃から家庭にまでインターネットが普及したことで一気に加速しました。昔は駅前の書店は黒山の人だかりができていたのに、たちまち廃業に追い込まれ、この20年間で書店の数は半分程度に減りました。電車に乗れば、若い人から中年まで誰もが手にしているのはスマホ。かつてのように新聞や雑誌、本を熱心に読んでいる人はほんのわずか……。このままでは日本人の知的レベルは取り返しがつかないほど劣化してしまいます。
現代の人たちはインターネットで断片的な情報を得ているだけです。しかも、ウェブサイトの情報は99.99%は雑多なクズ情報です。情報をきちんと選択し整理したのが知識で、これを獲得するには新聞や雑誌を読まないと無理。しかし、知識だけでも本当の力にはなりえません。それを使いこなすには、本を読んで教養のレベルまで高めなければいけません。
なぜ教養が必要かといえば、それが「大局観」を持つための唯一の手段だからです。大局観は玉石混交の情報から本物の情報を選び取る能力。これがないと的確な選択はできません。ポール・ヴァレリーというフランスの詩人が、詩作において大切なのは「アイデアを出すことと、そのなかから一番いいものを選択すること」と述べましたが、より重要なのは後者の「選択」だと付け加えています。
最近、AI(人工知能)の活用によって、今ある職業の半分はAIに代替されてしまうといった議論を耳にします。しかし、数学者の私にいわせればナンセンスそのものです。少し考えればわかることです。ウエートレスという仕事1つをとっても、ただ単にお客の注文を聞いて、それをテーブルに運んだら終わりといったものではありません。お客の動きをじっと観察して、香辛料が欲しそうならテーブルに届け、お客がテーブルや床に飲食物をこぼしたり落としたりしたらすぐに拭き、子どもづれなら小さな椅子やおもちゃ、お子様用のメニューも持っていく。AIに接客用のデータを学習させることは可能でしょう。ですが、もてなしの心、お客を「ほっ」とさせる接遇を教えることは無理です。
また、詩や俳句をAIに考えさせたら短時間に1万個を作ることは可能でしょう。しかし、1万個の中でどれが本当に素晴らしいかを判断して選択することはAIにはできません。なぜなら、ウエートレスの例にせよ創作にせよ、それには深い情緒が必要だからです。
情緒のほとんどは、人が一定の時間の後に朽ち果てる、すなわち「死」という宿命を認識していることに由来しています。だからこそ「もののあわれ」とか「無常観」といった人間的に上質な感受性も醸成されるのです。機械であるコンピュータは古くなった部分はいつでも取り換えられます。したがってこういう深い情緒を身につけることはできません。美的感受性についても同じです。
日本には食糧自給率の問題があります。なかには「すべての穀物や肉を輸入したほうが農業のコストもかからず経済的だ」という主張をする人たちもいます。しかし、彼らは目先の経済のことしか考えていません。
農業が放棄され、農地が荒れ果ててしまったら、新幹線から見えるのはぺんぺん草がはえた景色ばかり。旅の車窓が実に味気ないものになってしまうでしょう。日本人の類いまれな美的感受性を支えているのが、美しい自然です。日本人は鋭い美的感受性により文学、芸術、数学、物理学などで著しい世界貢献をなし、社会も進化させ、世界に誇れる一流国をつくり上げてきたのです。

記事画像引用https://president-jpPRESIDENT 2019年7月5日号
2019/06/17 11:00

『この詞何の曲?』

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おはようございます😉

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『この詞何の曲?』
過去にウジウジしてた俺はいつだって
布団の下で隠れてたんだよ
そんなような事をお前の親父に話したらこう言われたのさ
女を知るまでは、お前には何も分からねえよ、ってな
知ったら世界がまったく変わるってよ
んで、チアリーダーがいるんだけどよ
ほんと若くて生意気な奴さ
オレが覚えている限りじゃ
もっと良いのはあの子の姉さんと従姉妹だけどな
で、始まりは軽いキスだった、こんな感じに

1*ブランコに乗って
   学校の男友達と一緒に足を投げ出していたんだ
   空中にな
   前、後ろ、前、後ろって言いながら
   彼女のかわいい子猫が揺れでチラッとしても
   何の気もないフリしてさ

そしたら、高校のダンスパーティで
大きなチャンスが巡ってきたんだ
いつでもOKよってな感じの女がいたんだけど
オレじゃダメだったみたいで、からかいやがったんだ
あの女ははじめから分かっていたんだよ
こんな風に近づきなさいよって俺に教えてくれたんだ

2*こうやって近づきなさい!
   こうやって声を掛けなさい!
   ただキスをして
   こんな風に

学校の可愛い子は上品だけどちょっとわがまま
ひざの上までスカートを短くしてる
学校のジムの更衣室にいた3人の女子が居たんだ
俺を見てるって気がついたよ
学校じゃオレは負け犬さ
女とヤったこともねえ
他の奴から聞くまではさ
俺のロッカーの隣の女の子は気があるみたいだった
オレはその子に軽いキスをしたよ、こんな感じに

1*繰り返し

2*繰り返し2回

こちらの楽曲です→https://youtu.be/pL4uESRCnv8

『高輪ゲートウェイ駅 ロボット活用へ』

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おはようございます😉

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『高輪ゲートウェイ駅 ロボット活用へ』2020年3月14日に開業
JR東日本は、高輪ゲートウェイ駅を2020年3月14日のダイヤ改正に合わせて開業し、駅には案内や警備、掃除などを行うロボットを試験的に導入して「未来の駅」を目指す方針。
ロボットのほかにも、無人店舗などを導入して課題を検証したうえで、多くの駅でも社員とロボットが一体となったサービスを提供したいとしている。
2024年には周辺施設を含めた本開業「品川まちびらき」を予定している。世界的に著名なデザイナーによるコラボレーション、及び「隈研吾建築都市設計事務所」を起用し、 日本の新たな玄関口となる国際交流拠点にふさわしい景観を実現します。2024年頃のまちびらきに向けて、 この場所を舞台にあたらしいものを生み出したい人たち、 またそれを支えたいと思う人たちと共創していくための取り組みを「TokyoYard PROJECT」とし、 情報発信のためのWEBページを開設します。
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「グローバルゲートウェイ品川」をコンセプトに掲げる高輪ゲートウェイ駅は、「東京と世界をつなぐ玄関口」となることを目指し、JR東日本グループのさまざまな『やってみよう』を盛り込み、最新の駅サービス設備の導入や実証実験を進め、新しいことをはじめる場所」になるという。
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外光を取り入れる膜屋根採用による照明電力量の削減や、東北の木材使用による環境配慮などにより「SDGs:持続可能な開発目標」達成への取り組みを進めるほか、AIを活用した案内ロボット・デジタルサイネージ、さまざまな自律移動型ロボットを試行導入する。
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さらに大宮駅・赤羽駅で過去に行なった実証実験を経ていよいよ常設店舗として営業する無人AI決済システム店舗「TOUCH TO GO」や、レジに並ばず商品を受け取ることができるサービス「Mobile Order & Pay」やブース型シェアオフィス「STATION BOOTH」を導入した「スターバックス コーヒー 高輪ゲートウェイ駅店(仮称)」がオープンする予定だ。また、JR東日本とJAL(日本航空)が提携し、最新テクノロジーを活用した旅の魅力発信に関する実証実験を実施。視覚や聴覚に加えて香りや風・ミストなどを活用して現地の魅力を再現し、「五感」で旅を疑似体験できる仮想現実の技術を活用した機器を設置する。
記事https://travel-watch-impress-co-jp編集部:稲葉隆司
米国ではアマゾンの無人店舗「AmazonGo」が注目を集めているが、日本でも無人店舗を展開する企業がある。JR東日本スタートアップとサインポストとの合弁で設立されたTOUCH TO GOだ。すでに大宮駅、赤羽駅で無人コンビニの実証実験を終えて、2020年春に開業する高輪ゲートウェイ駅で1号店をオープンする。
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