飯島企画業務日誌

『奈落』古市憲寿

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おはようございます✨

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『奈落』古市憲寿
藤本家の両親のもと、二人姉妹の妹の”香織”はこの家が嫌で幼い時から、早く独立したかった。母は自信の生活範囲の中でクイーンダムを作りたがるタイプの人間だった。母よりも鈍臭い父を結婚相手に選んだのは、統制を利かせるからだ。姉は母が居れば母に媚びり、父しか居なければ、父に媚びる。しかし、香織だけは母の家臣になりきれなく、物心がついた頃から母が嫌いだった。
この家から抜け出せなかった香織にとって、途方もない規模で語られる宇宙の物語は胸が踊った。いつか大人になったら、この家やこの町どころか、地球さえも脱出できる。しかも、その日は遠くない未来。ある時、母が買ってきたカーテンは全く気に入らなかったけど、もうすぐ出て行く部屋だからと、心にもなく「ありがとう」と母に言ってしまった。これが、母との心の掛け違いの始まりとは思わなかった。
母に強制され、ピアノを習うのは嫌だったが、それがこの家からの脱出の絶好の道具となった。高校でバンドを組み、今まで自由にならない思いを、楽曲に繁栄させて、香織はメジャーデビューすることになる。念願だった家を出て恵比寿のタワーマンションで自分好みの内装、家具に囲まれた。順調にヒット曲を出して来たが、憎しみと怒りから造り出した意味深い曲は浮かばなくなる。自由を手に入れた香りはスランプ気味になっていた頃、香織はツアーで新曲を歌い終えたあとで暗転の時に、奈落に落ちた…。

気がついたときは病院だった。長く眠っていたようだ。しかしなんか変だ、ゆっくりと体を動かそうとすると、どの体の部位も反応しない。動かせるのは、かろうじで瞼と瞳だけ、それも思うようには動かせない。香織の顔を覗き家族や医師が話しかけてくる。
「わかりますか?」「香織!」

「分かってる!」「聞こえてる!」
でも、声が出ない、通じない。まるでサナギの中で小さな穴から外を覗いているみたいだ。体が痒い、指の位置が悪くて痛い、何も表現出来ない香織に気が付いてくれる人はいない。他者には植物人間と思われている。
「何で体が動かないのに痛みや痒みがあるのよ!」

そして、帰りたくない実家に連れ戻された。その古い家に寝かされた香織は毎日、天井のシミを数える。123…15 16 17…21 22 23…56 57 …そして…81
この数には意味がある。一つ一つの過去の思い出をそのシミに関連して毎日数える思い出。
こんな中、母と姉は自分勝手な事ばかりする。間違っていると香織は思うものの、意志疎通が出来ない。怒りはつのる。母と姉は同じタイプの人間、父は香織の見方と思っていたが、父までも…

人々に好まれる歌は、何十回、何百回、何千回と繰り返し唱和される。だから場所や集団に対する帰属意識を醸成するのに歌は向いている。だけどその分、歌は人々をひと処に留まらせようとする。きっと歌う人類はこの地球の片隅で、ひっそりと生きていた。そして次の人類にバトンを渡し、消えていったのだろう。でも歌そのものが消えることはなかった。物語、歴史、戦争、平和などを伝え記録し鼓舞したり求めるために。人類は文字を持たなかった期間の方が長い。歌はきっと文字の代わりだった。旋律に乗せたほうが遥かに覚えやすい。
多くの神話は歌で伝わってきたのだと思う。文字に記録されてしまった瞬間に、メロディーは消え、原型が解らなくなったけれど初めて聞いたはずなのに懐かしく感じる旋律は、もしかさしたら神話かもしれない。

痛みや痒みから逃れるように、他の事を考える。昔はメモに取らないと忘れてしまう言葉も、今は全く忘れない。恨みや怒りから”許し”の感情が芽生えた時、素晴らしい楽曲が芽生えて淀みなく溜まっていった。

瞬間的に嫌いだと思ってしまったことでも、事情をよく知れば納得出来るかも知れない。もしくは期待しすぎていたのか。勝手な思い込みで勝手な仮説を立てて、何かが都合よく自分の手の内にあると思い込んでいた。
誰にも確かめる術のない一人ぼっちの記憶は、妄想と何一つ変わらない。
妄想でも良い。不確かな合意が作り出す歴史はすぐに覆ってしまう。だけど強烈な妄想は時に歴史を変えることもある。
意見を持っていても、それを表明することがいいこととは限らない。大した考えも持たない人々が大声で自らの主張を捲し立てても、ただ秩序の崩壊が起きるだけ、それならば黙って全てをやり過ごす方がいい。

人気とは恐ろしい。どんなに冴えない人間でも、その瞬間は時代をまとい、輝き、個性的に見える。そんな魔法は期間限定だ。何者かで居られる時間は限られている。
自信も物のように扱われ、外界と遮断された世界に居れば、とっくに全てを諦めていた。

本当の家族の愛は”想い違い”それを知った香織はこの後、どうなるのか?気になった方は読んでみて下さい。

古市憲寿さんは寂しがりやで、炎上にて生きていることを確認しているように想います。おそらく、無視される事が一番怖い人なのでは?
これは、私の中の古市氏の印象です。
読み出すとグイグイと”読まされる”一気に読破したくなる作品です。
あなたは、どんな彼を造りだすのでしょうか。

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