飯島企画業務日誌

『宮中祭祀』

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おはようございます☺️

 

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『宮中祭祀』
四方拝(しほうはい)とは、毎年1月1日(元旦)の早朝、宮中で天皇が天地四方の神祇を拝する儀式。 四方を拝し、年災消滅、五穀豊穣を祈る宮中祭祀。

1月3日には「元始祭」宮中三殿で行われる天皇の親祭。天皇自ら皇位の元始を寿(ことほ)ぎ、祝うもので、皇祖以下祖霊,諸神をまつる祭儀。
1870年に始まり,全国の神社でも行うものと定められ,一般の祝祭日にもなっていた、第二次大戦までは国の大祭とされていましたが、昭和22年(1947年)皇室祭祀令廃止後は、皇室の私事として施行されています。

祭祀令は,皇室の祭祀を大祭と小祭に分け,大祭は天皇みずから祭典を行い,小祭は掌典長が祭典を執行し,天皇が拝礼するものと定めています。
[大祭]
1月3日の元始(げんし)祭
2月11日の紀元節祭
春分の日の春季皇霊祭・同神殿祭
4月3日の神武天皇祭
秋分の日の秋季皇霊祭・同神殿祭
10月17日の神嘗(かんなめ)祭
11月23~24日の新嘗(にいなめ)祭,および先帝祭(毎年の命日),先帝以前3代の式年祭(没後満3,5,10,20,30,40,50,100年,以後100年ごとの命日),先后の式年祭,母后の式年祭が大祭です。このうち神嘗祭と新嘗祭以外は,みな明治以後に創制されたものです。

有史以来、日本人にとって皇室は「私」のない「公的」存在として考えられてきました。100%の公的存在であることは日本の皇室の伝統であり、文化そのものでもあります。
天皇は権威を持っているが、権力者ではない。権威というものはたいてい長い歳月を経た伝統から生まれるものが多いですが、天皇が神聖視されるようになったのは明治維新後からではありません。「現人神(あらひとがみ)」「現御神(あきつみかみ)」と呼ばれたのは、日本人のごく自然の感情の発露であって、神格化された神ではないのです。
日本人は「神から生まれた」もので、神とは直接血がつながっているとされています。初代の神武(じんむ)天皇の開国は、武力によるよりも天照大神(あまてらすおおみかみ)からの血のつながりによってなされた伝統的権威であって、新たに「造神運動」などする必要がなかったのです。
天皇の真の使命は祭祀(さいし)で、それは祭主としての神聖観からくる使命です。即位の後の大嘗祭(だいじょうさい)において、進退をつねに三種の神器とともにしていることからも明らかです。
神武天皇以来、126代の天皇の中で、かつて「天皇親政」といわれる時代もありましたが、それでも天皇が絶対的権力を牛耳って国家を支配したことはありませんでした。「君臨しても治めず」でした。
自然を神とする信仰から、天皇が神を祭る祭主として神聖視されるのも、ごく自然に生まれた自然の感情で、大日本帝国憲法と並ぶ「皇室典範」には、皇嗣(こうし)が皇位を継ぐ践祚(せんそ)に際し天皇が「祖宗ノ神器ヲ承」とあり、「祭主」としての相続のあり方が明記されています。
日本は祭りの国として知られ、全国各地でさまざまな祭りが行われ、住民が絆を育む場ともなっています。その土地その土地の神社を中心に行われることが多いですが、精霊を慰める盆祭りなど寺院中心の祭りや、神社と寺院が半々のものもあります。神社によって祭祀の様式に異なりはありますが、だいたいが「国安かれ民安かれ」と日常の罪(つみ)穢(けが)れを祈りによって禊(みそぎはら)祓いするものです。五穀豊穣(ほうじよう)を祈る天皇の祭祀となったものだったのです。
天皇は国の祭主として、全国の主要神社に幣帛(神への供え物)も供進しています。つまり天皇は国の祭祀の中心的祭主にほかならず、祭主としての君主として、日本人に仰がれてきたのである。それが天皇と国民を結ぶ紐帯(ちゆうたい)となり、天皇が国体の中核的存在になったのです。
天皇が国体の中心となる国、日本の天皇が神聖視されるのは、統治者としての君主であることよりも、祭主であることによるものなのです。
なぜ日本だけが「万世一系」「万邦無比」の天皇の存続が可能だったのでしょうか。このことについて、なぜ天皇が人類共有の貴重な財産なのでしょうか。それは日本の自然の摂理と社会のしくみから生まれた「和」の日本文化を物語るものだからでしょう。戦後アメリカイズムが拡散していくグローバリズムは、今現在さまざまなひずみに直面しています。今こそまさしく日本の文化を見つめ直すときだと想います。

記事引用https://ironna-jpなぜ天皇は日本人にとって特別な存在なのか
記事引用https://kotobank.jp/word/%E5%85%83%E5%A7%8B%E7%A5%AD-60577
画像https://www.google.com/amp/s/gamp.ameblo.jp/onsenmiyage/entry-12457799167.html

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『神様は現金がお好き?』キャッシュレス神社

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おはようございます

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『神様は現金がお好き?』キャッシュレス神社
新年最初の行事といえば初詣ですが、皆様は御参拝されましたでしょうか?神社の賽銭をめぐってちょっとした問題が起きています。
今年は“キャッシュレス元年”ともいわれ、賽銭もペイペイや楽天ペイ、d払いなどの電子マネーが利用できると話題になっています。外国人参拝者の増加や初詣の混雑の改善、賽銭泥棒や職員の横領など、あらゆる対策に有効とみられていたからです。

2020年の初詣はどこもかしこも「ピッ!」「ピッ!」という音が聞こえてきそうですが、どうも様子がおかしいようです。

「楽天Edy」に対応していた愛宕神社(東京都)は「未定」で、ほかに日光二荒山神社(栃木県)、東祥寺(千葉県)など複数の寺社が電子マネーを中止していました。やはり現金でないと神様たちも願いを受け付けてくれないのでしょうか。

一方で、日本第一熊野神社(岡山県)のようにお守りや御朱印の購入にキャッシュレス決済を行っているところもあります。
そんな中、岐阜県高山市の黄金神社では、賽銭箱の前に地域限定の電子通貨「さるぼぼコイン」と「オリガミペイ」のQRコードが置かれていて、賽銭の利用もできる。田中宏宮司は言います。
「オリガミペイは地元の信用金庫が導入し、普及のご祈願に来ました。それで当社でもシステムを使わせてもらうことにしたのです。神社はもともと刀など当時の最先端技術を奉納した歴史がありますし、お賽銭もお米などの現物からお金になった経緯があって、それが電子マネーに形を変えました。おかしいことではありません」

元々は「年籠り」(としごもり)と言い、家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神神社に籠る習慣でした。やがて年籠りは、大晦日の夜の「除夜詣」と元日の朝の「元日詣」との2つに分かれ、元日詣が今の初詣の原形となりました。治承5年に源頼朝が鶴岡若宮に参詣したことが初詣が広まるきっかけになったとの言われもあります。江戸時代末期までの元日の社寺参拝としては、氏神神社に参詣したり、居住地から見て恵方にあたる社寺に参詣(恵方詣り)したりといったことが行われました。《今年の恵方は、庚(かのえ)西南西です。今では関東でも定着した恵方巻きを頬張る時の方角も同じです》
「年籠り」形式を踏まず、単に社寺に「元日詣」を行うだけの初詣が習慣化したのはそれほど古い時代ではなく、明治中期のこととされています。また、氏神や恵方とは関係なく、有名な社寺に参詣することが一般的になりまし。
前の年に一年間お世話になった神様のお札やお守りは、初詣での際に神社に持参して奉納します。古いお札やお守りを浄め、焚き上げをしてくれます。
お賽銭はともかく、一年の感謝を捧げて、新年の無事と平安を祈願することが大切ではないでしょうか。


記事引用https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191227-00000015-nkgendai-life

 

『謹賀新年』

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皆様、新年明けましておめでとうございます。

 

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『謹賀新年』
年賀状は出されましたか?
メール、SNS時代になり年賀状を送る一般の方々は少なくなっていると聞きますが会社や個人でお仕事を為さっている方などは年始めの大切な礼儀の一つに成っている事でしょう。日本では、起源ははっきりとはしていませんが、奈良時代から新年の年始回りという”年始の挨拶をする行事”がありました。平安時代には貴族・公家にもその風習が広まって、挨拶が直接行えないような遠方などの人への年始回りに代わるものとして、文書による年始挨拶が行われるようになったそうです。
1873年に郵便はがきを発行するようになると、年始のあいさつを簡潔に安価で書き送れるということで、葉書で年賀状を送る習慣が急速に広まっていきました。
当時、郵便物は受付局と配達局で2つの消印が押されていた。そこで受付局か配達局の「1月1日」の消印を押してもらうため多くの人がそこを狙って年賀状を出すようになり、12月26から28日あたりと1月1日当日の郵便物が集中するようになり、そこで1899年、その対策として指定された郵便局での年賀郵便の特別取扱が始まりました。年末の一定時期、具体的には12月20から30日の間に指定された郵便局に持ち込めば、「1月1日」の消印で元日以降に配達するという仕組みになっていた。1907年から葉書の表に「年賀」であることを表記すれば枚数にかかわらず郵便ポストへの投函も可能となりました。

「賀」が含まれる賀詞は相手に対してお祝いを伝える感じになり、「春」がつく賀詞は新年になりましたね、という感じになります。「春」が新年を表すのは、昔は立春のころに元日が巡ってきたことや、二十四節気は立春から始まるので、春が新しい年の象徴だったからです。
もともと、賀詞の基本は「謹賀新年」「恭賀新年」「敬頌新禧」などの4文字からなるもので、「謹(謹んで。相手を尊ぶ)」「恭(うやうやしく。礼儀正しく丁寧)」「敬(尊んで礼をつくす)」「頌(ほめたたえる)」といった相手の方への敬意と丁寧な気持ちを表す語が入ることで、礼儀にかなった挨拶の敬語となります。「謹んで新年のお慶びを申し上げます」など文章の賀詞も同様です。
ところが、漢字1文字の「寿」「福」「賀」などは「おめでたいことです」といっているだけにすぎません。漢字2文字でも「賀正(正月を祝います)」「迎春(新年を迎えました)」「新春(新しい年です)」といっているだけで、相手に対する敬意や丁寧さに欠けてしまいます。だから、漢字1文字や2文字のものは目上の方には使わないほうがよいとされています。
よくありがちなのが、「迎春」「謹賀新年」などの短い賀詞と「明けましておめでとうございます」などの文章の賀詞を重複して使ってしまうこと。賀詞を使ったら、添え書きには賀詞を書かないように注意が必要です。

「元日」は1月1日のこと、「元旦」は旦という漢字が太陽が地平線から出てくる様子を表しているので、1月1日のみならず1月1日の朝という意味があります。年賀状は1月1日の朝に届くように出すのが礼儀なので、一般的には「元日」ではなく「元旦」を使うそうです。

旧年中は格別のお引き立てを賜り厚く御礼申し上げます
本年も相変わらずご愛顧の程お願い申し上げます

記事画像引用https://allabout.co.jp/gm/gc/220632を/
記事引用https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E8%B3%80%E7%8A%B6

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