飯島企画業務日誌

『ユダヤの商法』藤田田

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『ユダヤの商法』藤田田
宇宙の法則「78:22」、人間がどうあがいても曲げる事の出来ない宇宙の大法則。
ユダヤの商法が、その大法則に支えられている限り、彼らは決して”損”をしない。
78対22の法則にはそれぞれプラスマイナス1の誤差があると言う。
正方形に内接する円、それぞれの面積や、空気中の成分、窒素と酸素の割合は、78対22の誤差範囲の中にある。
ユダヤの商法的に言うならば「金を貸したい人」78に対して「金を借りたい人」22の割合でこの世の中は成り立っているそうです。
そこで、金持ち78を相手に商売をした方が儲かると言います。
そして、生活の中に数字を持ち込む、数字に馴れ強くなる事が基礎であり、儲けの基本である。
ユダヤ人は必ず鞄の中に「対数計算尺」を持っている。彼らは数字に対しては絶対の自信を持って、ユダヤ5000年の歴史が証明していると言って胸を張る。
戦後の日本をここまで育ててくれたのはユダヤのバイヤーが品物を買ってくれたからこそ、日本にドルが貯まり豊かになった。
鋭いワシ鼻と、2000年の迫害された歴史を持つ1つの民族は今、世界の支配者として君臨していると言います。
人間も社会も自然も、毎日毎日変わっていく、のが神の摂理であり、変わらないのは「キャッシュ」だけなのだ、と言うユダヤ人。
女と口を狙え、ユダヤの商法はこの2つしか商売をしないと言う。2つだけと言いつつ、相当に幅が広い。
「女」とは女性が求める商品、ドレス、鞄、靴、アクセサリー等々…
「口」とは口に入れるものを取り扱う商売、八百屋、魚屋、酒屋、乾物屋、レストラン、バー、クラブの類い。
「口」は、数時間後には廃棄物となって脱糞される。つまり、口へ入れられた”商品”は刻々と消費され、数時間後には次の”商品”が必要になる、こんな商品は他には存在しないと、言う。
ユダヤ人が2000年の忍耐の中から得た楽観主義であり、ユダヤ人の歴史の中から生まれた民族精神でもある。
辛抱よりは「見切り千両」で社長は売れる会社を作れ、一番報酬の高い社長が一番働けと言う。契約とは神様との約束、と言うユダヤ人は何があっても、絶対に契約を守る。
ユダヤの商法の定石は、全世界に通用する唯一の「商法」で、定石を知らずに、貿易の世界に飛び込むことは、水泳を知らずに水に飛び込むようなものと言う。
そして、銀座に出店した「マクドナルド」の成功体験で結んでいる。この本の刊行は1972年昭和47年で現代社会とのズレは少なからずあるのだろう。しかし、親も妻も信用せず数字(金)だけを信じると言うユダヤの商法にはついていけない。ユダヤ人は世界の人口の0.2%以下を構成するに過ぎないに関わらず、ノーベル賞の少なくとも20%の受賞者がユダヤ人であり、ユダヤ人は6種類の賞すべてを受け取っている。
2016年歌手として初めてノーベル文学賞を受賞した「ボブ・ディラン」は、もともとユダヤ人、ユダヤ教徒として出生したが、70年代後半にキリスト教福音派に改宗し、83年以降はユダヤ教に回帰しているそうです。
また、人生において大成功する人が多い、アメリカのIT長者の中にも多くのユダヤ人がいます。
有名どころでいくと「Google」の創業者の2人。ラリーペイジさんとセルゲイブリンさん。
ジェフベゾスさんの創業した「アマゾン」また「DELL」の創業者マイケルデルさん。
ユダヤ資本の会社は、ほぼ皆が知っている会社です。マクドナルド、バーガーキング、コカコーラ、セブンイレブン、リーバイス・・・
IT業界以外では、「アインシュタイン」や「スティーブンスピルバーグ」らがユダヤ人です。
日本が誇るコメンテーター「デーブスペクター」さんもユダヤ人の1人だそうです。
そして、2019年のノーベル化学賞が、リチウムイオン電池の開発に貢献した旭化成名誉フェローの吉野彰ら3人に授与されることが決まりました。いまや世界のインフラともいえるリチウムイオン電池の“父”が受賞することは、わたしたちにとって極めて大きな意味と価値をもっていいます。紀元66年からローマ帝国に対し反乱を起こすが(ユダヤ戦争)、鎮圧されてユダヤ人による自治は完全に廃止され、厳しい民族的弾圧を受けた。以来ユダヤ人は2000年近く統一した民族集団を持たず、多くの人民がヨーロッパを中心に世界各国へ移住して離散した。以降ユダヤ教徒として宗教的結束を保ちつつ、各地への定着が進む。
ユダヤ人と言うのは、白人系、アジア系、南欧系、中東系の様々なユダヤ人がいます。ユダヤ教を信仰する者で世界各地に存在します。日露戦争では、ユダヤ人は日本とロシアどちらにもお金を貸していて、どっちが勝っても損をしないようにしていた。太平洋戦争の時も、日本はユダヤ人にお金を借りていて、結局借金を払い終えたのは、82年後の1981年、本当に長い間お金を払っていたんです。

なぜ、ユダヤ人は迫害された?
キリスト教がユダヤ教、ユダヤ人を嫌いなのかというと、「ユダがキリストを裏切ったためにキリストが殺害されたから」。ユダヤ教は唯一神を信仰しているので、キリストが神を名乗ることは掟に反するんです。神様は一人(唯一)じゃないとダメなのです。
そこで俗にいう「裏切り者のユダ」が、キリストを殺害したのです。
ユダもキリストも「ユダヤ人」です。ですので、ユダヤ人(ユダ)が掟に反しているユダヤ人(キリスト)を殺したのですが、キリスト教が出来たためにユダは「悪」と定義されてしまったんです。
この「裏切り者のユダ」はキリスト教から見た視点では裏切り者ですが、ユダヤ教からみたら信仰心の深い者じゃないでしょうか?
更に「金にがめつい」「民族主義」「人に迷惑かけても、宗教だからと気にしない」「お金にうるさい」「損得勘定しかしない」「お金のことしか考えてない」「うるさい」など、感情的でお金儲けの上手いユダヤ人に対しての嫉妬もあるのでしょうか?
元々、1つの神様が信仰の相違で争いが起こるのです。

幸せの定義は人、其々ですが私はこの「ユダヤの商法」のようなお金儲けは出来ません。お金では買えない人間関係を大切にしたいものです。
こんな事を言っていると、ユダヤの商人に、嘲笑される事でしょう。

『即位礼正殿の儀』&パレード10月22日

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(画像の引用先は、画像内に記載されています)
『即位礼正殿の儀』&パレード10月22日
政府は皇位継承に関する式典委員会で、天皇陛下が10月22日に即位を宣言される「即位礼正殿の儀」の細目を了承した。皇居・宮殿「松の間」に入室する際の経路は京都御所で行っていた昭和以前の伝統を復活させる。同日実施のパレード「祝賀御列の儀」に関し、荒天が予想される場合の予備日を10月26日にすることも決定。安倍晋三首相は「平成時を上回る190以上の国や国際機関の代表の来日が予想される」と報告した。
前回1990年11月の上皇さまの「即位礼正殿の儀」の際は、参列者と接する機会を増やすため、宮殿内の廊下を回り込む形で松の間に入場していた。今回は会場内に計30台のモニターを設置することで、天皇、皇后両陛下が回り込まなくても儀式の様子を確認できると判断。後方から入室し「高御座(たかみくら)」と「御帳台(みちょうだい)」に昇る伝統的な形式に戻すことにした。
日本政府の承認国は平成時の165から195に増加している。
パレードは、両陛下が乗られたオープンカー(トヨタ、センチュリー)が22日午後3時半に皇居・宮殿を出発し、赤坂御所までの全長約4.6キロを30分ほどかけて進行する計画だ。青山一丁目の交差点がベストポジションとも言われている。実施の可否は前日の21日午後6時半に発表。

『即位祭典』皇居前広場で開催 11月9日(土)
第1部「奉祝まつり」13時30分~15時45分(予定)・第2部「祝賀式典」17時10分~18時40分
「奉祝まつり」では全国の郷土芸能やお神輿が賑やかにくり出し、「祝賀式典」では各界の著名人からお祝いのメッセージ披露や奉祝演奏が行われます。
嵐が2部の“奉祝ライブ”を行うことが発表され、観覧は無料だということで、詰めかける人数は想像を絶するが、2部の参加者は一万人の抽選となった。(10月2日締切)
今年1月2日の一般参賀は15万人超が詰めかけ、皇居前広場に収まらぬ人で大混雑に。本来、皇族方のお出ましは5回の予定でしたが、あまりの人数の多さに急きょ7回に増やしたほどです。
当日は周辺で交通規制が敷かれ、ドローンにも警戒し、機動隊も出動します。参加者は「ご招待券」の確認並びに所持品の検査及びボディーチェックを行います。

一方、嵐のメンバーたちは奉祝ライブの決定に興奮しているという。
メンバーは話を聞いた時“おれたちでいいの? 活動休止することはご存じだよね?”と驚いたそうです。しかし、すぐに“おめでたい場に選んでもらえるのは光栄。最高のパフォーマンスをお見せして、新しい令和の力になれれば”と話していそうです。
即位10年を祝う祭典にはYOSHIKIが、即位20年の時にはEXILEが「奉祝曲」を披露した。今回、嵐もまた、天皇陛下の即位をお祝いして作られる「奉祝曲」を披露することになります。

『中国人の新たな爆買いが始まっている』

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Clay statues of Chinese Qin dynasty soldiers

Clay statues of Chinese Qin dynasty soldiers

 

 

『中国人の新たな爆買いが始まっている』
絵画の価値が高騰したもので誰でも知られているのが、「浮世絵」でしょう。
その原因は日本人と欧米人との価値観の差にあったことは言うまでもありません。
そこに多くの需要が生まれたことにより、価格が高騰し欧米人に買われたのです。
このことから絵画も価値観の低いところで購入して価値観の高いところで売却すれば、その差額が収入となることがわかります。
現代でもこれを実践しているのではなかろうかと思われる現象が、今の日本でも起こっていることはご存知でしょうか。
その実態を垣間見てもらえば、美術品投資の世界も感じ取れるかもしれません。
場所が変われば価格が変わることが現在、顕著に感じられるのが、中国人による日本での中国骨董品の爆買いです。
おそらく中国の骨とう品ですから、中国人は自国でどれくらいの価格になるかを知っているからでしょう。
それに比べて、日本人は日本の市場では買値より高値で売れるとも感じられないので購入意欲も薄いのでしょう。
これは富裕層の増えた中国人にとって、美術品に投資するゆとりはあって当たり前のようにもなってきている証拠かもしれません。
たとえ投資ではなくコレクターとしての購入であっても、隣の日本にお出かけついでに自国よりも安く購入できるのであればごく自然なことでもあります。
しかし、それにしても日本人には驚きの高値でガンガン購入してしまう様は、まさに爆買いされまくっていて日本は大丈夫なのかと心配されるほどのようです。
日本の美術商としては喜ばしい限りでしょうから、率先して中国人向けのオークションを開いたりもしているようです。
当分、この流れは続いていくのでしょう。
《日本でのオークションの様子》
とある日本の一流ホテルで日本の美術商が開催しているオークションでは、中国人が参加者の大多数を占めているようです。
1回で1000点もの品に値が付いてくれるので、年に何回も繰り返しているようです。
中には数千万円もの値が付けられ、1回のオークションで最低でも数億円単位の取引が成立しているのです。
これまでの一般の爆買いツアーは規制もされ始めていますが、富裕層向けの骨とう品買い戻しツアーは健在のようです。
おかげで中国人富裕層が大挙してこのようなオークション会場に押しかけているのでしょう。
《日本に中国骨とう品が大量にある理由》
本来、中国にあったはずの骨とう品がなぜ日本に大量にあるのかにも、美術品投資の時代の流れがあることがわかります。
それは半世紀前の毛沢東の時代に中国で起きた文化大革命にあります。
これまで培われてきた中国の長い歴史や伝統文化が一気に否定され始めたのです。
当然、骨とう品の価値も下がり、そこに目を付けた日本人が中国の骨とう品を購入しまくっていたのです。
それだけでなく、中国人が骨とう品を破壊されないために日本人に安く引き取ってもらったともされています。
時代は巡り、中国にしてみれば逆輸入のような現象にもなっているのが美術品投資の醍醐味とも言えるのかもしれません。
《時間と場所により価格が変わるもの》
しかしこうしてみるとせっかく買い集めた中国の骨とう品を、安値で手放したことになる日本人がたくさんいるのは嘆かわしくもあります。
その多くは世代交代などで不要となった骨とう品を美術商に適当な価格で買い取ってもらったりしたことでしょう。
何も考えず美術商の言い値で売却せずにここでしっかり手元に置いておけば、間接的でも中国人に高値で買い取ってもらえている可能性もあったのではないでしょうか。
物によっては、その差額は半端ないことだってあるはずです。
そんなことを考えることが、美術品投資の初歩ではないかとも思えたりしてしまいます。
古物市場の様子記事→https://www.recycle-tsushin.com/news/detail_2914.php

記事、写真引用『にこにこニュース』「中国人の爆買いは美術品に進出、まさに「ところ変われば品変わる」
https://news.nicovideo.jp/watch/nw5276493

『アジアのイメージ』東京都庭園美術館

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(画像の引用先は、画像内に記載されています。)
『アジアのイメージ』東京都庭園美術館
1910~60年頃にかけて日本で盛んになった唐物趣味。朝鮮半島や中国から、考古遺物や古美術が日本に輸入されると、それらは実業家たちによって競うように蒐集され、この時期の知識人や美術愛好家、美術作家たちはアジアの古典美術に強く憧れました。
《アジアのなかの日本人》
1942年、日本画家の杉山寧は中国・大同の雲岡石窟を訪れ、当地の石仏を描きました。しかし彼は、どんな仏像でも描いたわけではありません。杉山がモデルに選んだのは、優しく微笑む仏像。当時の日本では、“インド、中国の仏像や、日本の飛鳥時代の仏像は、古代ギリシャ彫刻の影響を受けている”という学説が、「アルカイック・スマイル」という言葉とともに流行していました。こうしたなかで杉山は、自分たちの源流である大陸文化への憧れと敬意を込め、数ある石仏のなかから、微笑みをたたえる仏像を選びぬいたのでしょう。彼の描く仏は、いかめしい「仏頂面」から程遠く、観る者を大きな心で包み込んでくれる慈愛に満ちています。
一方、近代の中国は、西洋のドレスと「西洋が求める中国イメージ」を合体させ、「チャイナドレス」を生み出しました。西洋が自分たちに求めるのイメージを逆手にとって、新しい服飾文化をつくったのです。日本の画家たちは、こうした中国の奥深さを理解したうえで、チャイナドレスをまとった女性を描きました。彼女たちが口元に漏らす微かな笑みは、何を意味しているのでしょうか。
西洋とアジアの関係、そしてアジアと日本の関係は、作家たちがアジアへ目を向ける大きなきっかけとなったのでした。
《大昔の器物がモダンに生まれ変わる》
近代の発掘によって出土したアジアの古美術品や雑器は、日本の作家たちに大きなショックを与えました。そのフォルムや模様、絵柄は、日本の工芸の伝統からかけ離れており、作家たちに「新たな美」を教えてくれたのです。
例えばその一つに青銅器があります。青銅器は、古代中国では調理器や祭器として使用されましたが、日本の作家たちはその使い勝手以上に、フォルムや模様の面白さに惹かれました。香取秀眞の《鳩香炉》 は、古代中国の鳥型祭器からインスパイアされたものでしょう。翼の渦巻き模様やふっくらした胸が古代の鳥を思わせる一方で、愛嬌ある表情とつややかな質感、こちらに歩いてきそうな大きな足が、ユニークかつ現代的な魅力を醸し出しています。
本展ではその他にも、様々な作家たちの作品が数多く並びます。河井寛次郎は、李朝の白磁に描かれた即興性ある絵柄に心打たれ、石黒宗磨は、唐三彩において自然に流れ落ちる釉薬の美しさに魅了されました。新しい陶器づくりを志す彼らは、古美術がもっている即興性や自然性をあえて意識的につくりだすことで、自分たちの作品を完成させていったのでした。
《現代の作家がアジアを見るとき》
展覧会の最後を飾るのは、3名の現代作家による、アジアをイメージした作品です。
画家の岡村桂三郎は、古代青銅器の地紋から着想を得て、伝説上の霊獣を描きます。彼の霊獣がもつ複数の「目」は、鑑賞者のみならず、日本とアジアの行く末を見つめているのかもしれません。
漆芸家の田中信行は、かつてオリジナリティを求め、漆芸の「伝統」や「常識」を覆すオブジェをつくり続けてきました。しかし近年、彼は自身のもつ漆の技術が、日本や東洋と切っても切れないものであると気づきます。その変遷を経たうえでの今回の作品は、田中にとってもアジアを大きく意識したものとなりました。
ファッションデザイナーの山縣良和は、70年代の日米繊維交渉をテーマにデザインします。当時の西洋とアジアの経済的対立構造を視野に入れたこの作品は、現在にも尾を引く微妙な力関係をも想起させるものでしょう。
YouTubeラジオ音声:紹介→https://youtu.be/R-upECIqy6o
2019年10月12日(土)– 2020年1月13日(月・祝)
東京都庭園美術館(本館+新館ギャラリー1、2)
東京都港区白金台5-21-9

『ミレニアム世代』

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画像引用『ミレニアル世代を取り込む
リクルートビジネスモデルの転換期』JNEWS.com

 

https://www.jnews.com/business/digest/2015/009.html

『ミレニアム世代』
1980年代から1990年代に生まれた世代を「ジェネレーションY」
2000年(もしくは1990年代後半)から2010年の間に生まれた世代を「ジェネレーションZ」と呼ぶ。
各世代の生まれた年に明確な定義がないため、年はおおよそのものであり、実際にはそれぞれ重複している。
生まれたときからインターネットが当たり前のように存在する「デジタルネイティブ」がミレニアム世代と言われているようです。
「ポスト・ミレニアル世代」、2000年以降生まれという意味で「センタニアル世代」とも同義に扱われることもあるそうです。日本で言われる「ゆとり世代」に近いですかね?
ミレニアル世代を対象にした意識調査がおこわれた。これによると、世界のミレニアル世代の45%が「今後12か月の間に自国の全体的な経済的状況が改善する」と回答したのに対し、日本のミレニアル世代は18%のみが「改善する」と回答。同様に社会/政治的状況についても「改善する」とした割合は、全世界で36%、日本人では17%のみ。日本のミレニアル世代は自国の全体的な状況改善について悲観的な傾向が強いことが分かった。
また、日本のミレニアル世代にとって最も関心の高い課題は「高齢化/人口推移」(35%)。先進国で最も回答率が高かった「戦争、テロリズム、政治的緊張」(世界の先進国で56%)は、日本では29%にとどまる結果となっている。
さらに、職場との関係性に関する考え方でも、世界的な傾向と日本人はやや異なる傾向を示す。会社への帰属意識をみると、世界のミレニアル世代で「現在の会社に5年以上勤務する」と回答した割合は前年と比較して4ポイント増。一方、日本では「最大2年間(勤務する)」との回答が2ポイント増となり、「5年以上勤務する」が1ポイント減。日本のミレニアル世代は会社への帰属意識が低下している傾向が判明した。
対象者となる日本のミレニアル世代は、単科大学か総合大学の学位を取得し、主として民間の大企業でフルタイムで働いてきた回答者を選出している。
大企業が相次いで破綻する様子を見ながら育ち、未来に明るい希望を抱いていない。その一方で、リーマンショック後の過去最悪の就職難を過ぎてから成人しているので、絶望的な体験にも乏しい。何もしなくてもそこそこ生きていけるため、良くも悪くも「未来を良くしよう、変えていこう」というインセンティブが弱いといわれていす。
過去7年間でミレニアム世代の「無気力あきらめ派」と「積極派」に顕著な変化が見られた。20代の「無気力あきらめ派」の割合が19%から34%へと大幅に増加した一方で「積極派」の割合は22%から16%へと減少した。
仕事と家庭、どちらもホドホドに取り組む「ホドホド派」が最も大きな割合を占めている。
「無気力あきらめ派」は職場のストレスに弱く、昔ながらの社内の上下関係が苦手な人が多いのです。
この世代は上司が部下を動かそうとする縦の関係性より、同世代の横の関係性を活用して、共感や同調によって動かすほうが効果的ではないでしょうか?
「積極派」はワークライフバランスを重視していることから、フレックスタイム制度、在宅勤務制度など企業の人事施策に対する感度が高く、同時に転職願望も強いと言います。
ミレニアル世代の特徴は、パソコンよりもスマートフォンを情報収集の主なツールとしていることであり、企業のリクルート活動でも、モバイル端末に対応したリクルートサイトを構築する必要があり、モバイルに完全対応済みの会社は、急成長しています。
人事施策にもマーケティングが必要な時代が到来したのだと思います。世代を一律に平均値で捉えるのではなく、多様な価値観や個々のライフコースに注目して、きめ細かな人事施策、教育研修が求められていくのではないでしょうか?

画像引用https://www.jnews.com/business/digest/2015/009.html

『WE ROAD』

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(写真の引用先は、写真内に記載されています)

 

 

 

『WE ROAD』
池袋、東口北側のパルコ前と北口周辺を結んでいる歩行者専用トンネル、開通は1925年(大正14年)。 古くから雑司が谷・池袋・板橋宿を結んでいた雑司ヶ谷道の途中にあるために、雑司が谷隧道と命名されていました。
1986年(昭和61年)2月に改修され、愛称も地元商店街振興組合の協力により、「WE ROAD:ウイ・ロード」と改名。
ウイロードは、長さ77メートル、幅3・6メートル、高さ2・1メートルで、建設から間もなく100年を迎えるため老朽化が著しく、各所で漏水が見受けられます。また、公共地下道特有の「暗い、汚い、怖い」といった負のイメージが強いためか、女性の通行が約3割以下となっております。
このたび、ウイロードを誰もが安心して通行できる空間となるよう、「明るい、きれい、女性に安心、快適性」をキーワードに再生します。
2020年東京五輪・パラリンピックに向けた取り組みの一環で、改修費用は約3億6千万円。滑りにくい路面を採用したほか、監視カメラを増設したり自転車の降車を促す車止めを設置したりするなど、防犯・安全面の整備も進めています。
そして、「色」に立脚した表現活動で活躍している美術作家の植田志保氏と共に、誰もが通りたくなるようなウイロードへの再生を目指します。(公開制作中)

豊島区では、ウイロードや池袋にまつわる思い出やエピソード、また、過去の写真を募集しています。皆様から頂いたお話をもとに、植田志保氏がウイロードに色で表現していきます。
下記のフォームにエピソードを記入して、送信してください。
過去の写真をお持ちの方は、メールにて道路整備課(A0023309@city.toshima.lg.jp)までお送りください。
本再生事業は、「東アジア文化都市2019豊島」の開催期間中に公開制作を行い、2019年秋の完成を予定しています。

エピソード入力フォーム→https://www.city.toshima.lg.jp/436/weroad/1807301450.html

公開制作期間:令和元年7月3日(水曜日)から令和元年11月まで(予定)
公開制作時間:午前9時から午後5時頃まで(予定)
作業日   : 月曜日から土曜日まで(制作の進捗により作業を中止する場合があります)

『完全栄養食』

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記事、写真引用 『note』

これだけで栄養が摂れる!?次世代の食事「完全食」の3ブランドを比較してみた

https://note.mu/ikuzeee/n/n9e9b01559dc0

 

『完全栄養食』
シニヤ世代は食が細くなり、柔らかいものを好み、食事の量を食べられなくなる。
一般成人は自己流の食事制限や食の偏りで、痩せていなくても、栄養バランスが整わない。
子供達はスナック菓子やジャンクフードなどを多食し、きちんとした食事をしない「現代型栄養失調」が指摘されている。
血糖血の乱高下は精神の不安定、攻撃性抑制困難、暴力の原因になりうる、と言います。
こんな、「現代型栄養失調」や、以前ご紹介した「食べることが苦手な人」そんな人の手助けにもなるだろう食品。
これだけで栄養が摂れる!?次世代の食事「完全食」をご紹介します。
平成から令和へと時代が移り、人々の文化、その中でも「食」が新しい時代へと向かっています。その代表例が「完全食」です。
完全食は海外でも流行しており、今は様々な種類の完全食が存在します。しかし、今回は日本で主流となっている3ブランドの完全食をご紹介します
《COMP》
寝食惜しんでもやりたい仕事や趣味がある人々の目的達成をサポートするために開発された、『厚生労働省 日本人の食事摂取基準』に 基づいて開発された日本初の完全栄養食。
パウダー・グミ・ドリンクの3形態があり、必要に応じた形でカロリー・栄養を摂ることができます。
☆パウダー
水や飲み物に溶かして飲むタイプ。コーンスープやコーヒー、ジュースなど、様々な飲み物に使用可能で、溶かしたドリンクを飲むだけで食事が完了する。
☆グミ
UHA味覚糖との共同開発により作られた世界初の完全バランス栄養食グミ。味はフルーツミックス風味で、他と違い咀嚼力が衰えづらいメリットがある。
☆ドリンク
開けて注ぐだけで飲むことができる豆乳風味のドリンク。パウダーの既成版のようなイメージ。
《BASE FOOD》
食べたいものを がまんしなくてよい、手間をかけなくてよいをモットーに、無理をせず食生活のベースを作ることを理想としたヌードル・パン
を主体とした、1食で1日に必要な栄養素の3分の1がとれる完全栄養食の主食となっています。
☆パスタ(全粒粉や大豆、昆布などをブレンドした麺・糖質45%OFF)
1日に必要な栄養素の1/3がすべてとれる麺。風味が強すぎたり等が無いので様々な料理にアレンジが可能で、パスタやつけ麺など、色々な麺料理に使うことができます。(最近ではラーメン屋さんの麺として使われたりもします)
☆パン
丸パンタイプなので、そのまま食べたりジャム等を塗ったり、切ってガーリックトーストにしたりと応用が効きやすいです。
朝に麺は重いと感じる方や、出先で食べたい方はこちらの方が食べやすくなっています。
《All-in PASTA》
「現代人に不足しがちな、ビタミン、ミネラル、食物繊維を1食のパスタで補う」をモットーに、あの「日清食品」が作った完全食のパスタ。「栄養ホールドプレス製法」という、麺の内側に栄養素を練り込み、茹でた時に栄養が流れづらくしている特徴があります。
こちらは「賞味期限は製造日より8ヶ月」と長期保存が可能なので、ストックして置くことができます。また、パスタとソースが一緒の容器に入って、お湯をかけるだけで食べられる既成型もあるので、長期保存と相まって災害時の備蓄としても利用できます。
ベースヌードルとオールインパスタ、正直栄養面でもあまり大きな差がないので、賞味期限が長いという面ではオールインパスタの方がいいと思います。飽きないようにベースブレッドとかも食事に組み込めたら尚良し。
ただ、どちらも若干味が違い、それぞれ好みもあると思うので、両方食べてみて美味しかった方を継続して食べれば良いと思います

 

『罪の轍』奥田英朗

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『罪の轍』奥田英朗
礼文島は、北海道の北部、稚内の西方60kmの日本海上に位置する島、利尻島の北西に位置する。冷涼な気候により海抜0メートル地帯から200種類以上の高山植物が咲き乱れているため別名「花の浮島」と呼ばれている。アイヌ語では「沖の・島」を表す「レプンシㇼ」と呼ばれ、日本語名はこの「レプン」に字を当てたものである。
1963年、昭和38年。オリンピックが開催される丁度一年前、この礼文島(初夏)から物語が始まる。かつて一網で二百トンの水揚げを誇っていた北海道のニシン漁は、昭和30年を境に激減し、漁師は昆布漁で食いつないでいた。
「宇野寛治20才」は先天性ではない脳疾患を抱え小さい頃は特殊学級に通い、皆から「莫迦」(バカ)と、からかわれていた。
寛治は就職するも同僚の品を盗み取る、悪いこととは分かりつつ、台所に置かれたおむすびを手にするように悪気無く、「いただきま~す」と言った具合で犯行を繰り返し少年院送りとなった。
その後、支援を受け元網の元で働いていたが記憶障害のせいか物覚えが悪く、元網の雑用と昆布漁で怒鳴られながら、こきつかわれいた。
そんな中でも寛治は利尻島で空き巣を行っていたが、うまくすり抜け捕まる事は無く、成果の出ない昆布漁をこの年の収穫時期が終わったら止めて東京へ行く腹積もりだった。
東京は初のアジア開催の東京オリンピックで好景気で賑わい、仕事なら何でもあると噂を聞いていたからだ。
そんな時に普段は莫迦にされていた、「赤井」と言う同漁師に寛治が行っていた空き巣がばれて、急に優しくされ、今まで感じたことの無い感情が起り、赤井の口車に乗せられて赤井を信じた事で命を落とす寸前まで行ったが命は繋がり物語は進んで行く。難あって東京に辿り着くも、また空き巣を繰り返す。その中で「荒川区元時計商殺人事件」が起きた。寛治を昔から知る人は盗みはするが人殺しなどはしないと話すが、徐々に寛治の存在が明らかに去れていく、年齢、訛、特殊な服装から、東北訛の若い男と疑われる。
寛治は昔から子供達に莫迦、莫迦と言われながらも子供達と遊ぶ事の出来る純粋な男で、東京に来てもそれは変わらない、警察は子供に聞いて廻る、徐々に絞られる寛治、そこにチンピラの「明夫」が絡む、ヤクザは義理人情で寛治が今まで感じたことの無い信頼感を得た、何故普通の人よりヤクザの方が自分に優しく接してくれるのか?
明夫は寛治の面倒を見ながらストリップ劇場のボーイの仕事を紹介する、寛治は働いていたストリップの女「里子」と懇ろになり、次々と起こる大事件捜査に寛治の姿が浮き上がり、疑われる。明夫の姉、「ミキ子」は母親と山谷のドヤ街で町井旅館を手伝っている。度々問題を起こす明夫が事件に絡んでいるのでは?と心配する中、
「左翼」も出てきて事情が複雑となり寛治は左翼に
匿われる。
更に、「吉夫ちゃん誘拐事件」「新宿ホステス殺人事件」と犯行現場が広範囲となり所轄や部署も大きくなり警視庁の元「合同捜査本部」がつくられた。この時代の最新技術を駆使して警察は事件解明に挑む。
警視庁捜査一課の「落合昌夫」29才の若手刑事と昔かたぎのベテラン刑事「大場」が活躍する。
連絡手段は固定電話で、黒電話、赤電話、ピンク電話、など懐かしさを感じる。それに電報、位。移動手段は都電、タクシー。
南千住に大毎オリオンズ(今のロッテ)の野球場が有った事は知らなかった。昔のパリーグは人気が無く満席になることは無かったらしい。その時代の空気感が幼かった時代を脳裏に浮かばせる。
刑事もスーツを着ていなければヤクザ同様見分けがつかず、地廻りと言った風習からヤクザの起こした微罪は見逃し、代わりにネタを引っ張る関係を持っていた。
そして事件は計画的なのか?その場しのぎなの犯行か?捜査は進むが寸前に行き止まり新聞記者の邪魔が入る。誘拐事件は当時初の「報道規制」がかかる。記者は余計にイラつき刑事を問いただす。我が先にと誘拐された家族(鈴木豆腐店)を追い詰める。
マスコミや警察上層部の責任の押し付け合いは今も変わらずマスコミは言論の自由を盾する。
一般庶民からも、被害者の鈴木家にイタズラ、脅迫、労い、犯人目撃情報などひっきりなしに電話がかかり、それは若い刑事「岩村」が対応した。
過去が暴き出されると、そこには悲惨な現実が蘇り犯人が最後の目的を実行に移るが、果たして…

舞台となる「三谷」は今、地名として残っていません。経済成長、オリンピック景気で各地から出稼ぎに来た労働者が安宿を求めて集まったドヤ街。そんな中に「当たり屋」をするものも多く「明日のジョー」でも語られていました。
オート三輪車や路面電車(チンチン電車)などは、まだ私が幼かった時代を微かに思い出します。
昭和38年には黒澤明の「天国と地獄」が公開された3月以降「吉展ちゃん誘拐殺人事件」など都内を中心に誘拐事件が多発しました。国会でも問題として取り上げられ、昭和39年の刑法一部改正されました。

音楽デュオの「コブクロ」の「轍」
《そんなに遠い目をして、君は何を見ているの? 一秒ずつの未来が今も通りすぎているのに》
《眠れないほど悩んで見えた答えがあるなら、君さえ知らない君を見つける旅に出かけようよ》
《轍さえもない道をただ進め》

犯人は、茨の道には行かず「轍」に嵌まった、それは巨大で抜かるんだ「轍」だった。

バック、東京スタジアム写真引用http://hoteiya.blog47.fc2.com/blog-entry-470.html?sp

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おはようございます☀️

前回のブログで、4トン車の納車についてアップしましたが。。。

また、新しく6トン車を納車いたしました😊!

 

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『旅人採用』

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おはようございます☀️
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記事、写真引用文献 『日本放送FM93』

「『旅人採用』~“旅人専門”の就職・転職サポートを始めたのはなぜ?」

http://www.1242.com/lf/articles/202077/?cat=life&pg=asaborake&feat=akenokataribito

『旅人採用』
ニッポン放送、上柳昌彦「あさぼらけ」で語られたお話しをご紹介します。
「ヒッチハイクで、アメリカを周りました!」「自転車で世界一周をしました!」…学生時代のそんな旅の体験を、就職の面接試験で誇らしげに話す若者がいます。
「ほう、それはスゴイ!」「貴重な体験をしましたね」という一応の評価を得ることはできても、「それで、どうしたの?」と問われると、後が続かない。現実社会にはまだまだ、西洋の古いことわざのような意識が根強いようです。すなわち『ロバが旅に出たところで、馬になって帰って来るわけではない』。
「いいや、そうではない。旅の体験は必ずや仕事の戦力になるはずだ」。そんなコンセプトのもとに、旅人に特化した就職・転職支援エージェントがあります。日本初のこの組織は、その名もズバリ『旅人採用』!
応募の条件は2021年~2022年卒の新卒で、訪問した国の数が5ヵ国以上、または海外滞在期間が1ヵ月以上。20代限定の中途採用は、訪問した国の数が10ヵ国以上、または海外滞在期間が3ヵ月以上。いずれかの条件を満たす若者ならば、誰でも登録できます。
登録料は、もちろん無料! 現在までに3670人が登録しています。『旅人採用』は、現在191社の提携企業のなかから、その若者の希望や適性に合いそうな会社を紹介。就職相談とサポートをしています。
『旅人採用』のプロジェクトリーダーとして、旅人を応援し続ける田村彰康さんは、現在32歳。いまではカウンセラーが主な仕事ですが、元々は旅人。現在も月に2回は大自然のなかでキャンプを楽しむと言います。
田村さんは旅人について、次のように語ります。
「旅人には、自らの意思でチャレンジするという『主体性と行動力』があります。そして、トラブルやアクシデントに対処する『処理能力』もあります。また、言葉が通じなくても現地の人と会話可能な『コミュニケーション力』、異文化を理解する『協調性』や『柔軟性』など、多くの魅力にあふれています」
田村さんは、学生時代から頻繁にヒッチハイクで国内を旅しました。初めての海外旅行へ第1歩を踏み出したのは、25歳のとき。この初めての旅が「世界一周」だったと言うのですから、まさに怖いもの知らず! 海外から帰国後は、リゾートバイトや留学支援をする『株式会社ダイブ』に所属。『旅人採用』のプロジェクトリーダーとして活躍しています。
田村さんに、旅のテーマをうかがってみました。
「僕の旅のコンセプトは、人が喜ぶポイントを知るということでした。様々な人との出会いのなかで、『これをすれば相手は喜ぶ』『これをしたら嫌がって怒る』ということが分かって来ると、大切なことに気づきました」
さて、その大切なこととは? 田村さんはこう語ります。
「たとえば日本では、いい家に住み、いい服を着て、いいものを食べる生活が幸せとされます。ところが世界の人たちと出会いを重ねているうちに、それは正しいのだろうかと思うようになったんです」
どんな体験から、価値観が変化したのか? 田村さんは、こんな思い出話を語ってくれました。
「カンボジアを旅していたときです。少し英語ができた私は、子どもたちの学校で授業を持たせてもらったんです。そのとき、教室の外で次の授業を待つ子どもたちの姿が見えました。その目はキラキラと、授業を受けている子どもたちと同じように、あるいはそれ以上に輝いていました。それを見ているうちに、自分の人生の間違いが見えて来たんです」
学校へ行けるだけで幸せ、勉強ができるだけで幸せ。日本の子どもたちが忘れてしまっている幸せが、その教室には満ち溢れていたと言います。
田村さんがたどり着いたという結論が、ここにあります。
「幸せというものは、実は私たちのナナメ後ろにあるような気がします」
これが、世界各国をめぐって来た青年が見つけた「哲学」のようです。幸せを目指して泳ぐ魚の群れのように、前へ前へと進んで来た人たち。しかしそれは、幸せが前のほうにあると信じ込まされていただけなのかも知れません。1歩立ち止まって、腰のナナメ後ろあたりを探ってみると、そこに幸せの手ざわりを感じることができそうです。
旅のなかで見つけた幸せの正体。その価値に注目する企業が増えて来たようです。それはきっと、これからの日本のビジネス社会において、有効なファクター(要因)として輝き出すことでしょう。
田村さんの夢は、「誰もが自分の人生を愛せるような世界を創ること」。『旅人採用』はいま、そのタネをひと粒ずつ植え付けているところです。
旅人採用HP→https://tabibito-saiyo.com/ 

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