飯島企画業務日誌

『君たちが忘れてはならないこと』 未来のエリートとの対話 佐藤優

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『君たちが忘れてはならないこと』
未来のエリートとの対話 佐藤優

エリートとして心得るだけでなく、よりよい人間として振る舞うための学びへの態度について学べと言う佐藤氏の言葉
学ぶことに意味を見出すことがどれほど大切か、また偏った知識ではなく「総合知」の獲得が
社会に出た上で必要かつ学ぶ意義を明確に伝える
「椅子取りゲーム」に参加せず、自分を突き放して見て世界を俯瞰的に見ること
私は佐藤氏と灘高生の「質問」と「答え」を読んでいて自分自身がいかにも無知だと疲弊した
「エリート」と言われる言葉はあまり好ましくないが高校生で佐藤氏と対等出来る知識が羨ましく感じた
我々を拘束している文化を理解し、それに適応した行動をする時に、初めて現実に影響を与えることが出来る
自分と見解が合わない時には相手の思惑の背景を考える
組織で働く以上、自分の良心に従う為には、自分の責任で上手く鈍感力を使うか嘘をつかずに上手くやる
幅広い教養を身につけ、正しい順番で身をこなす
経験を重ね自分を客観視し、いろいろなタイプの人間を知ることで、人の気持ちになって考える
人間の適正は早い段階では分からないことも多いので自分の知識に幅と余裕を持たせておくこと
日本のエリートの弱さを知ることは、日本の弱さを知ることでる
あらゆる産業社会の場でその驚異的なポテンシャルが注目されています
AIの技術的特異点を迎える時期がそう遠くないとの見解ですが科学技術を倫理観をもって使いこなすのは人間です
彼らの知性が利己的な目的に費消せず、社会や国家を引っ張って行ってほしいと思います
最後に佐藤氏の恩師「柏木正夫」先生の言葉
「佐藤君は今は稼ぎが無い。僕には経済的に余裕がある。今は僕が払うから、将来、佐藤君に経済的余裕が出来た時に、若い人達におごってあげれば良い」
更に
「佐藤君、これからの人生で、筋を通すことが難しい事もある。逃げなくてはならない事もある。重要なのは、逃げたと言う事実を覚えていることだ。逃げたにもかかわらず、何か理由をつけて自分の弱さを合理化してはならない」

世代間の贈与の連鎖を作り出す事が社会を強くする
過去は過去として受入れ真摯に向き合う
学知だけでなく、このような人間性(味)が必要なのですね
我々、日本社会の中で若者の活躍が日頃ニュースで伝えられている現在、未来に希望が持てるのではないでしょうか。

「国家の品格」藤原正彦

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「国家の品格」藤原正彦
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当時の国家間の思惑や実態を丁寧に教えてくれる
グローバリズムの中で民主主義や自由社会が欧米化に知らぬうちに導かれている事
武士道精神の必要性と日本が持つ固有の良さなども分かりやすく説明し、頷かせられる
虫の声を穏やかに聞き入れて感じる美意識、そして農民の手入れによる見事な田園風景のなかで感じる自然の畏怖の中でちっぽけな人間という認識
論理には「出発点」が必要でその選定を誤れば、解決出来ない
「駄目なものは、駄目!」と言う死生感ではないだろうか
勉強だけでは身に付かない、体験する事の大切さ
素晴らしい「物」「事」に感謝し、感動し、辛いことも受け入れ
喜怒哀楽の感情のバランスを整え、気付くこと
効率(金儲け)だけ追及すると多様性が崩れてしまう
終戦後アメリカ(GHQ)による旧制中高学校の廃止
文化、経済、技術の発展の裏側で日本人の「情緒」「形」等の衰退
便利になるのは嬉しいことですが
大切なものを知らず知らず無くしているのでしょうか
私の子供達で云えば小学校の書道で購入させられた『習字セット』です
硯が硯の形をしているプラスティックで墨は墨汁でした
書道は初めに硯に水を張り墨を研ぎながら、墨の香りを嗅ぎ
心を穏やかに(情緒)整える処(形)から始まるものではないでしょうか
プラスティック容器に墨汁を入れるだけでは情緒も形も在りません
これはとても小さなことかも知れませんが
こんな進歩、便利が生活の中に切りがない程あります
藤原正彦さんはこのように仰っています
「若い時に感動の涙とともに読むのがなんと言っても理想です。」
「情緒や形を育てる主力は読者なのです。」と
最後に、藤原正彦さんが想う「武士道」とは、こう言う事でしょうか?
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「みらいとてらす」靖国神社

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『みたままつり』7/13(土) ~ 7/16(火)靖国神社
「秋の夜長参拝 みらいとてらす*秋を彩る九段の光*」
昭和22年に、戦歿者のみたまを慰霊する為に始まった「みたままつり」は、東京の夏の風物詩として親しまれ
毎年多くの参拝者で賑わいます。境内には大小3万を超える献灯が掲げられ
九段の夜空を美しく彩り、期間中は盆踊りや神輿、青森ねぶた、各種奉納芸能が催される事となにました
「献灯」とは火を奉納すること
神道で最初に生まれた神とされるイザナギ、イザナミの子はカクヅチと言い
神話でカクヅチは火の神であり、そこから多くの神々が生まれたとされています
火には不浄を焼きはらう力があるとされ神道においても清浄な火を忌火と呼び重要視しています
「光明とは智慧(ちえ)のかたちなり」という教えがあり、光は心の闇を照らし神様の知恵と慈悲を讃えるといった意味です
戦後70年の2015年の9月下旬の週末から千代田区が開催を始めた「みらいとてらす」
境内を午後9時まで開放して社殿をライトアップし、参道にぼんぼりを灯し
池でも灯籠や光の演出が神秘的です
遊就館にプロジェクションマッピングを投影し現代的なアートが幻想を感じさせてくれます
また皇居の千鳥ケ淵緑道内の千鳥ヶ淵ボート場で、ボートに乗って灯篭をお堀に浮かべる「千代田区納涼の夕べ」が7月13日18時45分から行われます
日にちは異なりますが「ネオ屋台村スーパーナイト」東京フォーラム地上公園
「大江戸骨董市」東京国際フォーラム1F地上広場、代々木公園ケヤキ並木
「MOMATサマーフェス」東京国立近代美術館
「神楽坂まつり」「納涼能」など興味のある方は千代田区のHPでご検索下さい
今年の夏の思い出を楽しみながら感謝と共に捧げて良い道を歩いていきましょう!

ほおずき市

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7月 9日・10日浅草寺『ほおずき市』(四万六千日)
平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられていましたが
現在、浅草寺では月に1度、年に12回の「功徳日」を設けています。
功徳とは、「ご利益」のことでその日に参拝すると”100日”1000日”のご利益が得られると言われています
この功徳が最大に得られるのが「ほおずき市」の功徳日で”46,000日”(126年)四万六千日とされています
この数の由来は米、一升は46,000粒で「一升」と「一生」をかけたものとも言われていますが諸説あるようです
「126年」と言うのも人間の寿命の限界とも言えるため「一生分の功徳が得られる縁日」となりました
始まりは神のお告げと吹聴した東京、芝の「青松寺」の境内で行われ「御夢想の虫薬」として「青ほおずきの市」が行われました
ほおずきの実を水で丸飲みすれば、大人は癪(しゃく)の種(持病や腹の立つ原因)を切り、子供は虫気(腹痛など)を去る、という民間信仰が、不思議と効果があって広まり浅草寺でも行うようになったそうです
かつては赤とうもろこしを売る屋台もあったそうで、これは赤とうもろこしが落雷除けのお守りになる由の民間信仰があった様で
ところが明治初年頃、不作によって赤とうもろこしが出回らないことがあり
これに困ったご信徒が浅草寺に雷除けのお守りを求めた縁から、浅草寺では竹串に挟んだ三角形の守護札を授与するようになり
これが今、四万六千日に授与されている雷除札です
観世音菩薩の功徳に感謝して参拝し、ほおずき市や浅草を散策して江戸情緒を味わってみては如何でしょうか?

「あさがお市」

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7月6日(土)~7月8日(月)入谷鬼子母神(真源寺)の「朝顔市」
江戸時代から続く夏の風物詩
12万鉢の朝顔が並ぶ日本最大級の朝顔市です
真源寺では限定「御朱印」を用意しているそうですが※紙での書き置きのみで
納経帳及び御朱印帳への記入はしていないとの事です(ご注意)
また「朝顔まつり」のフォトコンテストで写真を募集しています
この期間中の参拝で朝顔の造花が付いた「子育て御守り」が頂けるそうです
江戸時代、大ブームとなり大輪のものや変り種を栽培し人気を集め
団子坂の菊人形をまねて、朝顔人形が登場したが、通俗的で悪評だった
明治に入ると宅地化の影響を受け入谷界隈での栽培が難しくなり、大正2年になって最後の栽培農家が廃業して朝顔市は廃れた
戦後、地元の有志と台東区の援助の元、再び入谷で朝顔市が復活することになり現在に至る
種子は「牽牛子」(けにごし)と呼ばれる生薬として用いられ、粉末にして下剤や利尿剤として薬用になるそうです
朝顔にはこのような逸話もありますね「一輪の朝顔」
利休が庭に咲き誇った朝顔が見事なので、秀吉を朝顔を眺めながらの茶会に誘い
秀吉は「利休が誘うほどだから、さぞかし見事な朝顔であろう」と期待します
ですが、秀吉が利休の屋敷を訪れると、朝顔は全てその花を切られています。そして、一輪だけ、茶室に朝顔が飾られていました
一輪であるがゆえに、侘びの茶室を見事に飾る。これを見て、秀吉は利休の美学に感嘆したといいますが
違った二人の心も感じられます。確かに利休の美学的なものとしては理解できるのですが、相手である秀吉は天下人です
もし、秀吉がこれをこう言われているように感じていたとしたらどうでしょうか
「幾万もの首を刈り取り、一人咲いているのが、あなたである」と…、どうでしょうか?
花言葉は「明日もさわやかに」「はかない恋」「貴方に私は絡みつく」「愛情」「平静」色によって異なるそうです
この一帯は交通止めして夜店も沢山出店していてにぎやかです
これから夏はお祭りが盛んになる季節ですので楽しんで下さい!

七夕

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7/7の今日は「たなばた」ですが
「七夕」は元々中国の行事として奈良時代に伝わり、日本に有った「棚機津女」(たなばたつめ)の伝説と合わせて生まれたそうです
棚機津女は7月7日の夕刻までに織物を仕上げ、それを棚において機屋(はたや)を出たようです
7月6日に訪れた神は翌7日の夕方に帰るとされていたからです
このとき水辺で禊ぎ(みそぎ)を行うと、神は町や村に豊穣をもたらし厄災を持ち去ると言われ、そこで祭祀が行われるようになりました
今は行われていない「七夕の髪洗い」は、七夕の日に女性が川で髪を洗う行事
平安時代に書かれた『うつほ物語』にもその様子が描写されているそうです
元来は貴族が行っていた行事で
織姫と彦星が合うこと、や詩歌・裁縫・染織などの「技芸上達」などの願い事をカジの葉に書いた
江戸時代には手習い事の願掛けとして一般庶民にも広がった、と伝えられています
織姫と彦星の物語は皆さんご存知と思いますが、ご紹介します
昔、天の神様の天帝には織姫という一人娘がいました
織姫はとても機(はた)を織るのが上手く、毎日、神様たちへの機を織っていました
そんな織姫も婚期に差し掛かり婿を探すことにしたところ
働き者の牛飼いの彦星が神様の目に留まり、二人を引き合わせることにしました
二人は一目見て、お互いに惹かれあうようになり結婚しましたが仲が良すぎる二人はいつも一緒に居て遊んでばかりで仕事をしなくなってしまったのです
神様かいくら怒っても二人は聞き入れません
とうとう堪忍袋の緒が切れた神様は二人の間に大きな天の川を作り、二人を会えなくしてしまいました
しかし織姫は機の前で泣いてばかり、彦星も抜け殻のようになっていってしまいました
見かねた神様は、二人にちゃんと仕事をする事を約束させ一年に一度だけ会えることを許しました
7月7日、二人が天の川の淵に立つと天帝の命を受けた「カササギ」がどこからともなく沢山飛んできて翼を広げ、あっと言う間に橋を作り上げ二人はその橋を渡る事ができたのです
そして二人は一年に一度だけ、この日に会えることが出来るようになったのです

この「カササギ」とは、スズメ目カラス科の1種の鳥で
体長はカラスより一回り小さめの45~48cm程度
別名「カチガラス」「コウライガラス」
新古今和歌集に掲載されましたこちら
「かささぎの渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞふけにける」
カササギは愛のキューピットで幸せを運ぶ喜びの鳥だそうです
昔にちなみ七夕には「技術向上」をお願いしてみてはどうでしょう
自分を磨くことは幸せにつながりますね.

「泪橋ホール」

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先日ご紹介した「泪橋ホール」の続きです。
東京都台東区日本堤、昭和41年まで山谷と言われ高度経済成長の下支えをした労働者がいた町
自分自身に嘘の付けない素朴な人々で少々扱いにくい人々とも言われましたが
そんな場所に縁有って今年クラウドファインディングを利用し開店したのが映画喫茶「泪橋ホール」でした
このすぐ近くの交差点は「泪橋」で今は橋もなく只、交差点の信号機の下にプレートがぶら下がるだけで橋は有りません
「明日のジョ―」のふるさととして全国に名を馳せた所ですね
この「泪橋」、皆さんはこの「地名」の由来をご存知でしょうか?
品川区、鈴が森もあるそうですが、どちらも刑場のあった場所だそうです、今の拘置所ですね
荒川区の場合、思川に掛けた小塚原刑場に行くためだけの橋だったそうです
それは刑に処されるためにわたる橋、受刑者や家族が涙した事から「泪橋」と呼ばれだそうです
昔から続く地区の改名は寂しく思います、地名と言うのは「事実ここがどんな場所であったか」を残した「地名」です
歴史を大切にして頂きたいと想うばかりです。

小林秀雄

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『小林秀雄』江藤淳この本を書いた「江藤淳」氏は小林秀雄氏より30才程若く小林秀雄氏同様、文芸評論家で有り作家
小林秀雄亡き後、文芸評論界を牽引する
「小林秀雄」って誰?と言う方より「小林秀雄」が知りたい!と言う方向けの本だと思います

引用文が難しく言葉遣いも古いので簡単には読めません

小林秀雄の思想の移り変わりや内奥にある強い気持ちを拾い出していきます

人は皆、想像するよりも遙かに悲しみを抱き、これに耐えなければならないという事
他人に対してその人がどれだけの、計り知れぬ悲しみを抱いているか?を知っている人は、その人もまた同じ苦しみを抱いているのでしょう
日常生活の中で人は苦しさを見せない様に隠して行くしかない
可哀想に思われたくない、言ったってどうなる事も無い事を知っているから
しかし苦しみは未来に繋がる切っ掛けで有って、確りと受け止め無ければ成らない
自殺を考えてしまう様な苦しみも、明るい未来を描き立ち止まらなければいけない
人は日頃、苦しみに圧迫されながらも生きる為、眩く明るいこの道の先を創造し掴み取るために
道を間違えず信じたものを追い掛けて幸せを呼び寄せる
文学を知らない読者が文学を知らない作者を作る
知識と伝統との乖離をなくすには、何よりも伝統の科学的考察が必要である
作者は主観的に育てた読者に成長を祈念する
歴史とは人類の巨大な恨みに似ている、と
謎の中にいる者にとって謎はない、中にいると気付かないから
未来とはある意味では現実だ
小林秀雄氏の奥底に抱く孤独、父性と子性
度重なる実際の苦痛がもたらした内的な危機に殆ど強いられ獲得し、刻印された構図を通じて対象に接する事が美的体験を形作る
積み重ねによって生まれる人生の重みとは反対に一瞬の爆発によって人生を突き抜けてしまう様な体験だと
小笠原諸島の絶壁で死をかいまみた海の色(自然)が「内奥の構図」として刻まれたのか
この構図が基本に有り「本物」「偽物」を確かめる感触となっていた
小林秀雄氏がこう言ったそうです
「批評の対象が己れであると他人であるとは一つの事であって二つの事ではない」
「批評とは己れの懐疑的な夢を語ることではないか、己れの夢を懐疑的に語ることではないか!」と
批評家は対象を他人に照らし、再び己れの確実さを検証する、と言います
その「時代」が他人の苦労を共通意識の内にあったのでしょう
現代ではその時代の共通意識は想像しか出来ません
現代には現代の形を変えた苦労がありますね。

「半夏生」(はんげしょう)

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おはようございます☀️
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西日本に大雨が降り、川が氾濫した地域もあり現地の方々の安全が心配されます。

夏至(6月21日頃)から数えて11日目の7月2日頃から七夕(7月7日)頃までの5日間を半夏生と言うそうです。
田植えは半夏生に入る前に終わらせるものとされ、この頃から梅雨が明けます。
「半夏生」は気候の変わり目として、農作業の大切な目安とされていて
田植えは「夏至の後、半夏生に入る前」に終わらせるものとされ、それを過ぎると秋の収穫が減ると言われている様です。
無事に田植えが終わると、水田や神棚に餅やお神酒を供え、田の神に感謝する「さなぶり」という行事を行なうところもあったり。また、この日の天気で収穫のできを占ったりしたとのことです。

現在の大雨で甚大な被害が起こらぬ事を祈ります。

前回の続き

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おはようございます☀️

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今日は、前回の記事の続きを載せていきます😊

「佃島」に行った際の写真を送ってくださったのでこちらに載せていきます💓

 

一枚目住吉神社入口
二枚目入口横に有った佃島の由来
三枚目本堂前
四枚目本堂の説明
五枚目隅田川沿いに築かれた灯台の土台
六枚目佃煮屋「天安」

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